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短編「飲みにケーション」

Category : 飲みにケーション
お酒を飲んだ女の子は、いつもより倍可愛くなる。
…みたいな法則があるかどうかは知らないですが。
とりあえず澪ちゃんにそれを当てはめてみたお話です。
どんな風に澪ちゃんが甘えるか気になるな、読んでやるぜーな御方は下記よりどうぞ。

飲みにケーション

神様どうもありがとうございます!

「りちゅ~」
「は、はい」
「もっとぎゅ、して」
「アイアイサー!」
澪が、あの澪がこんな人前で私に「ぎゅ」だって。きゃはー!
私は澪の望み通り、ぎゅうとその体を抱き締めた。
いや、大きくなったね、澪ちゃん。育ったね、それはもういろいろなトコが…。

「りっちゃん幸せそうだね~」
いつもの呑気な口調でそう言った唯の言葉に、私はハッと我に帰った。
うう、それは否定できない…けど!
確かに幸せだが、さすがに一時間以上この状態だとちょっと恥ずかしくなってきた。
「み、澪。ちょっと離れようか」
「えぇ~、ヤダ」
私が澪の肩を押して体を離そうとした。
だがすぐに澪は不満の声をあげて、ますます私の体に抱きついてきた。

「い、いや、ほら唯たちも見てるし…」
「あ、どうぞ私たちの事は、その、お気になさらないで下さい」
「…」
にっこりと笑っているけれど顔赤いよ、憂ちゃん。
「いや、できればそういうのは、どちらかの家でやってください」
声は冷静だけど憂ちゃんと同じように顔を紅くしている梓。
「どっちでもいいよ~、私は」
梓に抱きつきながらこの状況をのんびり見ている唯。

「み、澪」
「りつー」
さっきからずっと私に抱きついている澪。
いや、嬉しい。今のこの状況は嬉しいんだけど…。
ついさっき神様にお礼を述べさせていただきましたが。
今となってはちょっと冷静になってきた頭だか理性だかのせいで、かなり恥ずかしい気持ちになってまいりました。それに澪が後で正気に戻ったらきっと恥ずかしさでどうしようもなくなって七転八倒した後、間違いなく私に拳骨をニ、三発は落としてくるに違いない。

「澪、ちょっとだけ、ね…」
あー、ほら平沢姉妹と中野がちらちらこっち見てるよ、澪。
ここはもったいないけど、一度離れないと。
「りつー、りつー」
さっきからずっと私の名前を呼ぶ澪。
うわ、上目ずかいとか反則です!眩しい、見たいけど見てられない。
可愛いなあ!もう!前言撤回、は、離れられねー!
「りつ、りつ」
「な、なんだよ」
「ちゅーして」

ゴオオオオン…。

私の頭の中のどこか遠くで、諸行無常の鐘の音が鳴り響いた。

「おお、澪ちゃん、大胆!」
「だ、駄目だよ、お姉ちゃん。見たら悪いよ」
「なんでこんな状況に…」
口々に話す三人。でも目はばっちりこっちに向けていますね。
「い、いや。何言って…」
「ちゅー、して」
ははは。これは何の罰ゲームだ、ええ?
「嫌、なのか、…律」
上目使いに少し涙目がプラスされた協力コンボ。嫌なわけあるか!しかし…。
「嫌なわけないけど。ほらやっぱりここではちょっと」
さあ、そろそろ思い出そう、澪!ここがどこだか。
けっして私か澪の家のどちらかじゃあないぞ!

私の返答にムっとする澪。
「律、嫌なんだ」
「いやいやいや。嫌とは言ってない!」
「じゃあ、ちゅー」
神様のいけずー!
ああ、こんな可愛い澪を見るのは何年ぶりかしらん。
いや、澪はいつだって可愛いけど。しかし、可愛いなあ、おい!

「りっちゃん、私たちのことはお気になさらず」
狸の置物か何かと思ってくれればいいから。
ありがたいお言葉を言ってくれる唯、てかお前完全に楽しんでるだろ…。
「ムギ先輩がいなくて良かったですね」
こっちをガン見しながら冷静に言うのはやめろ、梓。
「お姉ちゃんも梓ちゃんも、上に行こうよ…」
ああ、憂ちゃん。君が天使に見えるよ。いっそそうしてもらえれば…。
「ええー、いいじゃん、別に」
「まあ、部室では日常茶飯事なことですしね」
待て待て待て!唯とはともかく、聞き捨てならんな、梓!

「ぶ、部室でこんな状態の澪を見たことあるのか!」
「今のこの状況と大して変わらないときけっこうありますよ、律先輩。」
これまた冷静に答えてくれる顔が紅い後輩。
「な、なに!」
そ、そんな覚えはこれっぽっちも…。
「部室は言い過ぎだよ、あずにゃん」
「そうですか?」
そうだ、唯。先輩としてビシッと言ってやってくれ!
「そうだよ、せめて夏の合宿の時と同じくらいって言ってあげないと…」

待て待て待て待て待て待て!夏の合宿がなんだってー!?

「そうですね。確かに今の状況は昨年の夏の合宿の際に…」
「な、なんの話だよ!合宿って…」
も、も、もしかして見られてた、あれを!?
え、あれって?、あれです、あれ。いや、あれであの…。

「あ、気にしないで、りっちゃん」
「そうですよ、律先輩。とりあえず澪先輩泣いてるんでなんとかして下さい」
私は合宿の件でどこまでも二人を追求したい気持ちにかられたが、梓に言われて慌てて澪の方に振り返った。
「わ、な、泣くな、澪」
「りつは、やっぱり、嫌なんだ~」
拗ねているのか泣きながら抱きついてくる澪。ああ、もう!

「さ、りっちゃん。澪ちゃんが泣いていることだし」
「…だったら、せめて後ろ向くとかしてくれないか」
三人でガン見してるんじゃねえ!
ついさっき天使と思った憂ちゃんまで、紅くなりながらも結局こっち見てるし。
「まあまあ」
まあまあ、じゃない!
私にだって人並みの羞恥心はあるのだよ、唯君。

「やっぱり嫌なんだー、律のバカー」
どうにも羞恥心がブレーキとなり、いつまでも行動に移さない私にとうとう澪がキレた。
「い、いや。だから嫌とかじゃなくて」
「もういい!梓!」
「へ?あ、はい?」
酔っ払った澪に急に名前を呼ばれて、梓はびっくりしながらも律儀に返答する。
「律!私は梓とキスするからな!」
「な!?」
「え!?」
突然のキスの矛先が方向転換になって驚く私達。な、何を言って…。

「澪ちゃん、それは駄目だよ」
驚きでやや固まっていた私たちに代わって、唯がストップをかける。
「なんでー、唯?」
澪は舌足らずな口調で唯に聞いている。
「あずにゃんは私としかキスしちゃ駄目だから」
「えー」と不服そうに声を上げる澪。

「なななな、何言ってんですか、唯先輩!唯先輩としか駄目ってなんですか!てゆうか変なこと言わないで下さい、ほ、ほら憂が誤解して涙目になってます!」
「え、え、お、お姉ちゃん、梓ちゃんとその、キ、」
「ううん、まだそういうのしてないよ、憂。てゆうかこれ、今決めたばかりのルールだから」
「そっか~。驚いちゃった」
安心したように笑顔でそう言う憂ちゃん。
「そうだよ、そんなことしてない…てゆうか、なんですそのルール!勝手に決めないで下さい!」
梓が断固抗議している。

「むー、じゃあ憂ちゃんにする」
唯の制止を素直に聞いた澪は、ターゲットを変更したが…、
「姉として駄目!」
即座に入る再度の駄目出し。
妹の貞操は護ります!と叫んで澪の前に立ちはだかる唯。
「むー、唯のケチ!」
唯に再度駄目出しされた澪は、拗ねたように口を尖らせた。
「澪、いい加減目を覚まして…」
なんて絡み酒だ。もう興味本位で澪にお酒を飲ませるのは止めよう、と心に固く誓う私。

「じゃあ、もういい…」
おお、ようやくあきらめてくれたか?
はたまた廻り回って私に戻ってくるか?バッチコーイ!…て駄目だけどさ。
「唯にする」
あ、そういえばまだ一人残ってましたね、澪しゃん…。
「いいよ~」
さっきまで駄目出しの連発だった唯があっさりと承諾。オイ。

「だ、駄目です!」
「あ、姉の貞操は私が護ります!」
しかし唯の左右からダブルで駄目出し。それにしても憂ちゃんはともかく…梓?
「え~、私は別に構わないよー」
「なんで自分の時はルール無しなんですか!」
「お、お姉ちゃん。やっぱりそれは律さんに悪いし…」
二人の駄目出しの理由がなんて重みのないことか。

「もー、じゃあ、誰ならいいの!」
澪が拗ねてるんだが、怒ってるんだかわからないような声でそう叫んだ。
てゆうかこの状況では誰でも駄目なんです、澪さん。
しかしそう思っていたのは私だけで、残り三人は同時にそれぞれ指で「この人ならどうぞ」と意思表示するように示した。梓と憂ちゃんは私に指を向けていたが、唯は…おい、唯、お前はなんで自分の方に指向けてんだ!
「いつでもウエルカムだよ、澪ちゃん」
両手を広げて笑顔満面の唯。コラコラコラコラゴラァ!

「唯先輩!」
「お姉ちゃん!」
後輩ズから睨まれ、慌てて指を私に向ける唯。どこまでもフリーダムな奴。
「…律」
「うう」
とうとう戻ってまいりました。
はぁ。なんか、もう面倒くさくなってきた。腹くくるべき?
「律」
「あー、えーと」
「まあ、やっぱりこれが自然の理だよね。さあ、りっちゃん、どうぞ」
「…携帯をこっちに向けながらそう言うのは止めてくれないか、唯」
憂ちゃんは「メッ」と軽く叱って唯から携帯を取りあげた。

ありがとう、憂ちゃん。
天使じゃなくても君は今、ここに居る人間が失われた最後の良識ある人だね。
そうさ、たとえ天使じゃなくても構わない。
…だからこっちをガン見するのは止めてくれないか。ついでに梓も。
しかしどう言っても無駄な様子の三人に、私はもう何かいろいろ諦めた。
もー、しょうがない。後で怒るなよ、澪!

とうとう決断した私が澪の肩に手を掛けて、徐々に顔を近づけようとする。
見えないけれど、横から複数の視線が肌に刺すように感じられた。
ええーい、もう、ままよ!
「…律」
「…え?」
もう後少しで唇を合わせようとした刹那、澪が私の名前を一度呼んだかと思うと顔を下に俯かせた。ん?
「澪ちゃん?」
「澪さん?」
「澪先輩?」
三人が同時に澪に声を掛けてくる。つーか、やっぱりガン見してたのね、皆さん…。

「澪?」
「気持ち悪い…」
「え?」
急に手を口元に当てて、気分が悪そうに苦しい息を吐く澪。あら、これはもしかして…。
「は、吐きそう」
やっぱね。
「あ、だ、大丈夫ですか、澪さん」
「み、澪先輩。ト、トイレ行きましょう!」
澪は憂ちゃんと梓に抱えこまれるようにトイレに連行されていった。
その時私はといえば、いわゆる寸止めくらった形になったわけで。
しばらくその場に呆然と立ちすくんだ。

「り、りっちゃん…」
私は気の毒そうに何か私に声を掛けようとする唯を、右手を挙げて制止する。
「いや、いいんだ、唯。わかってたんだ。…こんなお約束がくるんじゃないかって」
「りっちゃん、…成長したね」
「ふ。もうすっかり大人さ」
私の肩にポンと手を置いて感心したように言う唯に、私は爽やかに笑ってみせた。

今度私の家で誰も居ない時に澪にお酒を飲ませよう。

内心でそう固く誓いながら。

end

ああ、短編書いたの久しぶりのような…。
当ブログの律ちゃんは、ヘタレがよく似合います。
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テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

短編「言葉だけじゃなく」

Category : 言葉だけじゃなく
この短編もリハビリのつもりで、律ちゃんボーイSSと同じ頃に書いたんですが。
うーん、なんというかちょっと微妙かなーと思って、しばらく置いてました。
今回少し手直しをして、ようやくUPする決意が出来ました。
どんな話だよ、読んでやるぜーな御方は下記よりどうぞ。

***

澪、結婚なんてするな。

右の手を強く握りしめ、背中に嫌な汗が流れるのを感じながら。
私はとうとう言ってしまった。
親の薦めるままに見合いして、トントン拍子に話が進んで。
先日とうとう結婚することが決まった私の幼馴染で、一番の親友である彼女に。


言葉だけじゃなく


澪は無言で、無表情のまま私を見詰めている。
「いまさらだけど、…ほんとーーーーーに今更だってわかってるけど!」
あー、本当に私は今更何を言ってるんだろう。
こんな時に、今この時期に、この段階で。
遅すぎるよ私、真剣に我ながら呆れる。空気読めないにも程がある。
本来ならここは間違いなく「おめでとう」と、親友の幸せを笑ってお祝いしてあげるべきシーンなのに。

「…なんか本当に今更だな」
しばらく押し黙っていた澪は、大きな溜息を一つ吐いた後、ほとほと呆れたといわんばかりの顔をしながらそう言った。その声にはちょっと笑い声が混じっている。
いわゆる苦笑ってやつ。
「うん、今更だってわかってる」
今更気付いた自分の本心に、そして救いようのない愚さに。
内心自分で自分を殴り飛ばしたい気持ちでいっぱいだけど。
でもこのままじゃ、私はどうしても…。

「…もう婚約しちゃって、結納の日も決まったって言ったよな」
「ちゃんと聞いたよ、わかってる。でも、いや、ホント、すごく今更ってことはもちろん理解出来てるんだけど…」
「理解出来てるんなら言うなよ」
「頭では理解してるけど、感情の方がちょっと追いついてこなくて」
あー、我ながら何言ってんだか!とにかくどうしようもないんだよ、澪。
このままじゃ、私はおかしくなりそうなんだよ。
本当に馬鹿、大馬鹿だー!て自分でも思うんだけどさ。
両手で頭を抱え、「うー」と小さな唸り声を上げながら、私はつくづく馬鹿だったと心底反省しておりますが。

でも駄目なんだ。…これ以上嘘は吐けない。
他人に嘘を突き通すことは出来ても、自分に嘘を突き通すことなんて無理だったんだ。
私はそれに気付いてしまった。だからもう、どうしようもない。

「澪、澪は本当に結婚したいからするの?」
今まで何となく聞きたくて、でも聞かなかった質問。
僅かな期間で婚約を決め、もうすぐ結納も交わそうとしている澪。
そんな彼女にこんな質問をぶつけること事態、かなり間違っていることはわかってるけど。
「したいよ」
あっさりそう答える澪。…ヘコむな。
澪の答えを聞いた瞬間、奈落の底まで落ちていったような気分を味わう私。

「で、どうなんだ、律」
「…へ?」
どうって…何が?
「私が結婚したい、て言ったらもう『結婚なんてするな』て言わない訳?」
「…それは、まあ」
「そんなあっさり諦めるんだ?」
「………………………え?」
なんだかどんどん不機嫌になっていく澪を見ながら、私は少し混乱していた。
「どうなんだ、律」
いや、そりゃあ、澪が心から結婚したいと思っているなら、私はもう諦めるしか…。
「どうなんだ、律!」
…み、澪しゃん、何を怒っていらっしゃる?
なぜ澪が怒っているのかわからぬままに、私はもう一度自分の胸に手を当てて考えてみた。

今日までずっと、悩み考えてきたこと。
諦めようと我慢して、無理だといい聞かせた。
いずれ私もいい人見つければいいさ、とそう誤魔化してきた日々。
でも、もうそれは無理だってわかったんだ。こんな直前になってからな!
もう戻れない処まで、澪は行ってしまっているのに。
私はそれを、無理やり引き戻そうとしいるんだ。
私は澪の一番の親友なはずなのに。

幼稚園の頃からのつきあいの幼馴染。
大学までずっと一緒だった、姉妹同然と言ってもいいくらいの仲なのに。
彼女の、澪の幸せを。
今になって壊そうとするような発言をしてしまう、私自身が私は憎かった。でも…。
「…いや、やっぱり諦められない」
やっぱりもう嘘は吐けない。
そう思った私は、自分の気持ちに今だけは正直になろうと決めた。
澪が他の誰かのものになるなんて、私には耐えられない。

「じゃあ、どうするんだ、律」
「…てゆうかですね、あの、澪しゃんの気持ちがですね」
耐えられないけれど…。でもさっき澪が「結婚したい」とはっきり私に言った。
つまりそれって、私は完璧に振られてる訳ですよねー。
「ど・う・す・る・ん・だ、律」
一文字、一文字区切って強い口調でそう聞いてくる澪。
え、えー。いや、どうするって言われても…。

「…や、止めさせる」
しかし、完璧に振られたわかっていても。
ちょっと足掻いてみましょうか…みたいな気分になる私。
「何を?」
「だから、…澪が結婚するのを」
「今更?」
「う…、い、今更でも」
あー、澪さん。そんなに何度も聞いてくる理由が、りっちゃんわからなくて困ります。
…お前、ホントに結婚したいの?

「じゃあ、してみれば」
「は?」
「だから止めさせてみれば、私が結婚するのを」
「…」
「私は止めない…てゆうか今更止めるなんて言えないよ」
あの人にも、両親にも。他の祝福してくれた人たちにも。
「私の口からはとても言えない」
澪はそう言うと、少し顔を俯かせた。
「…いや、澪は結婚したいんだろ」
「したいよ、『結婚』は。でも、私が『あの人』と結婚したいなって気持ちを、律がどーにかして変えることができれば、止めさせることもできるよね」
「…はぁあ?」
これはトンチか何かで?
いや、つまり私がどうにかして澪の気持ちを変えさせればいいのか?え、あれ?

「確かに婚約もして、もうすぐ結納もする予定。だけど私はまだ結婚してない」
「まだ」の部分を強調する澪。
「ですね…」
「だから律、私が結婚するまでの後残り少ない期間でどーにかしてみてよ」
「え?」
どうせいとおっしゃるか、澪さん!?
「期待してるよ、律」
「期待?」
「そう。律が私の気持ちを変えるために、どんなことをしてくるか。なんかちょっと楽しみだな」
「…」
そんな悠長なこと言ってられないだろ。だってもう結婚式まで。
…あ、あれ、結婚式の日取りってもう決まってたっけ?あ、結納がまだだから…。

私の足りない脳が、澪と今まで交わした会話の内容を理解するのに時間が掛かっていた。
処理速度が追いつかず、オーバーヒート気味の頭を思わず抱えて、「あー」とか「うー」とか意味不明な言葉を発する私。

「律」
さっきまでの怒った雰囲気がすっかり消え、どこか穏やかな声が私の名前を呼ぶ。
「んー、あー、あ、何?」
「遅いんだよ、言うのが…」
そう言った澪はほんの一瞬嬉しそうな顔を私に見えた。
でもすぐに、悲しそうな憂鬱な表情へと変わる。
「…」
確かに遅かったな、澪。ものすごく遅れたよ。
私はひどく申し訳のない気分になった。

「…ごめん、さっきも言ったけど私からはもう動けない。怖くて動けないんだ」
「澪…」
澪の言う怖いこと。きっとそれはものすごくいろんな事を指すのだろう、と私はすぐに理解した。
今になって結婚を止めれば、その後にはたくさんの「怖いこと」が彼女と…そして私に待ちうける事になるだろう。
世間体とか、体面とか、これからの生活とか…。他にもたくさんの怖いこと。
それらを振り切って澪が今から結婚を止めるとしたら、それは私にとっては奇跡に等しい。
仮にその奇跡が起こって、今回の結婚を止められたとしても。
その後も彼女を不安にさせることばかりだ。

…いいのだろうか。
今、私がしようとしていることは、澪をただ不安にさせて脅えさせ、あまつさえ最終的には彼女から人並みの幸せを奪ってしまうことになるかもしれない。
いや、かもしれないじゃなくて、きっとそうなんだろう…。
そんな事が許されていいんだろうか。
たとえ私が、これから生涯かけて心から彼女を、澪を「愛した」としても。

「澪」
「…ん?」
「まだチャンスをくれるなら、私は諦めない」

それでも、もう駄目なんだ。

私だってもう子供じゃない。
今自分が言ってる事がどれくらい大変な事か、私なりに理解しているつもりだ。
「あと残り僅かな時間で、澪が言う怖い事を全て無くすことは無理でも、一つ一つ消していく」
私は澪がいないと駄目だ、澪を…愛してる。誰よりも、心から。

「…どうやって?」
そう聞いてくる澪の表情はどこか不安めいて、半信半疑の様子がありありと見えた。
「それは、…これから考える、真剣に。頭から煙が吹いて爆発するくらい、考えに考え抜く!」
必ずそうする。澪の怖いことは全て取り除いていく!
私が握り拳を作りながら力強くそう言うと、澪が急にクスクスと笑い出した。

「馬鹿の考え休むに似たり…てね。律はうんうん悩むより、まずは行動する方が向いてると思うけど」
「な、なんと。そんな事ねーやい。とにかく私なりに考えて…」
「…考える前に、まずは私に言うべき事とか、その、する事があるんじゃないのか、律?」
澪はふと私から視線を逸らすと、なんだか急にソワソワした感じになった。
よく見ると、澪の頬が少し紅くなっている。…あー、そゆ事か。

「澪」
名前を呼びながら、私から視線を逸らしたままの彼女の側に徐々に近寄る。
「確かに、考えてばかりで行動しない私なんて、らしくないよな…」
そう言うと、私は澪の頬に左手を軽く添える。
そのままそっと彼女の唇に自分の唇を合わせた。

「律のバーカ、本当に何もかも遅いんだから…」
短いキスを終えた後、澪は私の背中に両腕を回しながらそう言った。
「ごめん」
私は澪の腰に両腕を回しながら、ぎゅっと力を入れて彼女を抱きしめた。
「これからはなるべく遅れずに、ちゃんと澪に本当の気持ちを伝えます」
「そうだな、そうした方がいいかもな」
でも私はまだ、結婚するのを止めるとは言ってないぞ、律。
澪は私の瞳をじっと見詰め、ほんの少し笑ってそう言った。

「これからが勝負だろ、澪。覚悟しろ」
私は彼女の耳元にそっと囁くようにそう告げた。それは戦いの合図みたいなものだ。
後残り僅かな時間だが、私は澪の気持ちを必ず変えてみせると内心で固く誓う。
もう躊躇も、うんうんとらしくもなく唸りながら、頭使って考え込む時間はないんだ。
だから、澪。

「澪、愛してる」
これからは私の澪への気持ちを、嘘偽り無く伝えるよ。あとさ…。
「…律」
私の愛の告白を聞いた澪が、驚きで目を見開くのを見ながら。
私はもう一度、彼女にキスをした。
今度はさっきの触れるような優しいキスじゃない。
彼女を深く愛していると伝えるためのキス。

言葉だけじゃ足りないだろうから、これからは行動でも伝えていくよ、澪。

彼女の柔らかい唇を味わいながら、私は内心でそう思っていた。





一ヵ月後、澪は婚約を破棄した。


end

なんか実験的な気分で書いてみたんです。
タイトルの付け方も他の短編とは位置を変えてみたり。イミハナイデス
ものすごく崖っぷちな処で、律ちゃん覚醒…みたいな。
澪ちゃんは澪ちゃんで何となくずっと待ってたけど、しびれきらした…みたいな?
なんだか暗いような、明るいようなお話。

短編「言葉だけじゃなく」を読んで頂きありがとうございました。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

短編 「やっぱり君が好き」

Category : やっぱり君が好き
「どっちの君も好き」のちょっと番外編。
だいぶ前に書いていたのですが、そのときはなんとなく気に入らずアップせず。
昨日読み返していくつか修正して、今更だけどどうしようかと悩みつつ結局アップップ。
読んでやるぜーという方は下記よりどうぞ。

やっぱり君が好き


音楽室のドアと階段の僅かなスペースに、私と今にも泣きそうな女の子が一人立っていた。
「ごめんな。私、好きな人がいるんだ…」
チラリと横目に映るうさぎと亀の彫刻を見ながら、私はいつも通りのお断り文句を目の前の女の子に告げる。
「…そう、ですか」
呟くようにそう言った彼女の目にはもう涙が一杯。…ああ、毎度申し訳ない。
「わかりました。ありがとうございました」
あの、良かったらこれ…。
泣くのを堪えるようにしてなんとか笑おうとする切ない表情で、手に持っている可愛らしくラッピングされた袋を私に渡してくれる。
「…あー、いいの?」
お断りしておいてこんなのをもらうのはちょっと気が引ける。
戸惑う私に「いいんです」と言ってもう一度お礼を言ってから、軽く頭を下げて階段を逃げるように降りていく私より一学年下の女の子。
「ありがとう…」
私はその子の背中にお礼を言って見送る。
彼女が見えなくなっても、私は音楽室のドア前で少し呆然と立っていた。
仕方のない事とはいえ、申し訳ない気持ちがフツフツと湧いてくる。なんともやりきれない気分…。

「お疲れー、りっちゃん」
「お疲れ様」
「毎回大変ですね、律先輩」
部室に入ると同じ軽音部部員三人が、少しだけ冷やかし気味の笑顔を浮かべながら私に労わり?の声を掛けてきた。
「別に疲れてないしー」
三人の意味ありげな笑顔を私は軽くスルーしながら、椅子に置いてあった鞄を肩にかけた。
「さて、早く行かないとな」
もう下校時刻が迫っていた。もうあっちの部活終わってしまっただろうか?
「そうだね、早く行かないと帰ちゃうかもよ~」
鞄を持って慌ててドアに向かう私に、唯がまたもや冷やかし気味にそう言ってくる。
「そうですね」
音楽室を照らす夕日を眩しそうに見ながらそう言った梓も少し笑っていた。
「ふふ。大丈夫よ」
なんだかんだいって、いつも待っててくれるんでしょう、彼女。
梓と同じように夕日の中に立つムギはくすくすと楽しそうに笑ってそう言った。
まったく、三人してなに笑ってんだよ。
「愛しの幼馴染さんをお迎えだね~」
冷やかしから、からかい気味のニヤニヤ顔に変わる唯。
「何とでも言え」
もうその手のからかいには慣れていた。
「でも急いだ方がいいわ、律ちゃん」
時計を見ながらムギがそう言う。確かに今日はいつもよりちょっと遅くなっていた。
さっきの女の子からの告白で時間が取られたからだ。
「うん。悪いけど先行くわ」

行ってらっしゃ~い。
失礼します、律先輩。
じゃあ。

手を振る三人に「お先」と言ってドアを開け、階段を駆けおりた。

まだ大丈夫だと思うけど、心持ち焦りながら文芸部の部室へと急ぐ。
私は早足で廊下を歩きながら、頭の中ではついさっきの事を思い出していた。
私に断られても御礼を言ってプレゼントを渡してくれた後輩の女の子。見た目も可愛いし、私以外なら誰でも即効でOKだろうになあ…。
「はあ…」
高校入学してから今まで何度かされた告白をすべて断ってきた私。
好意を抱いてくれるのはとても嬉しいが、さすがに最近は毎回そんな相手の気持ちに断るのにちょっと疲れてきていた。
「…はっきりさせるべきだよなあ」
告白してきた彼女たちと比べて、チキンハートな自分が情けなくて仕方ない。
彼女達の勇気の十分の一でも分けてもらいたいもんだ。
唯たちにだって「そろそろはっきりしなよ」なんて部活中に言われる始末だ。こうやって毎日文芸部に迎えに行くのだって、本当は少し勇気がいるのだ。
たぶんあっちはそんな事気付いてないだろうけど。

文芸部の部室近くまでくると、まだ部屋の中には人が居る気配がした。
少しだけ開いていたドアの隙間から夕日が暗い廊下に細い線となって伸びている。
良かった。まだ部活は終ってないらしい。
私は少しホッとして、部室のドアに手をかけようとしたとき隙間から中が見えた。
「澪…」
思わず口から漏れたのは、私の幼稚園からの幼馴染の名前。

ドアの僅かな隙間から見えた彼女は静かに、穏やかな表情で少し微笑みを浮かべながら一心に本を読んでいた。
艶ややかな美しいロングの黒髪は、今は夕日に彩られて金色に染まっている。
髪と同じように紺色の制服も紅く染め上がり、女の子にしては大きいと彼女がいつも引け目を感じている、でも私から見たら白くて細い精細な手がページを優しくめくっていた。
とっても静かに、そして楽しそうに。

綺麗だった。

金色に包まれ輝く部屋。その幻想的な光景の中にいる彼女から私は目が離せない。
私はしばらく彼女に見蕩れ、文芸部部室のドア前に立ちすくんだ。
幼い頃からずっとそう思っていた。…澪は綺麗だ。
その長い黒髪も、出あった時は時折しか見せてくれなかった笑顔も、大人しくて控え目で、人一番人見知りで、ちょっと泣き虫な所も。
ずっとずっと好きだった。

小学生の頃から私は彼女にいつもちょっかいを出していた。
最初は迷惑そうな顔をしていた澪も、慣れるにつれてだんだんと私に心許してくれるようになった。そしてそれは高校生になった今も続いていて、こうやって毎日文芸部に迎えに来て澪に「ちょっかい」を出している。
そうでもしなければ、澪との距離がすぐ開いてしまいそうな気がするから。彼女の中に自分の存在を忘れずに置いていて欲しかった。どんな形であれ。
まあ、時々やりすぎて頭に拳骨落とされたりするけれど。

ずっと集中して本を読んでいたんだろう。文芸部の仲間に声をかけられて、澪はハッとしたように顔を上げた。皆が帰り支度をしているのを見て少し慌てたように立ち上がって本を鞄に入れる姿が私の目に映る。
私もドアから少し離れた。覗き見してた、なんてやっぱり具合が悪い。
部屋の中から澪に向かって数人が、少しだけ笑いが交じりながらも「今日は遅いわね」なんて声をかけていた。

おっと、それは私の事ですな。

皆に聞かれて澪が照れながらも少し大きめの声で「まったくわかりません!」なんて声が聞こえてきた。そりゃあないぜ、澪しゃん。
ま、照れているのはわかってるけどさ。はー、でもちょっと落ち込むかな。
ドア近くに向かってくる澪の気配を感じながらそんな事を思いつつ、私は澪より先にドアを勢いよく開けた。
「おっ邪魔しまーす!」
おちゃらけた感じで明るく挨拶する。これが私のキャラですから。
「あれ、今日ちょっと遅くない?田井中さん」
「いやー、ちょっと練習に熱が入っちまって」
まさか可愛い女の子からの告白を断っていたのでちょっと遅くなりました、なんて言えようはずがない。私はニカっと笑う。ごまかしの笑い。
「澪先輩、お待ちかねでしたよ」
え、マジ?
文芸部の後輩の子にそう言われて私は内心ちょっとドキっとした。
「ええー、そうなのかあ。いやー待たせたなあ、澪」
でも内心の嬉しさを隠してまたいつものようにおちゃらける。
「待ってない」
ハハ。言うと思った。
「またまたー。照れない、照れない!」
「何言ってんだ!」
澪とのこんないつもの遣り取りが私にとっては心地よくて、でも今はちょっと辛い。

いつものことなので、文芸部の皆様もさしてとりあわず「それじゃあ、また」と軽く私らに手を振って部室から出ていった。
「よーし、私らも帰ろうぜ、澪!」
「あー、帰るとも!」
私は澪に背中を向けてさっさと部屋を出て、廊下を歩いていく。
「待ってよ、律」
そんな私を澪が少し小走りになって追いかけてくる。
後ろから澪が近づいてくる気配を感じながら、私は足を止め待っていると、ふと頭の中で聞こえてくる唯の声。

そろそろはっきりしなよ~。

「ほら、早くこいよ、澪」
そう言いながら顔だけ後ろを向いて澪を見た。
確かにそうだな、唯。
他の女の子たちの告白を断るのにも疲れたしな。
でもそうは思っていも、この居心地の良い幼馴染で親友の関係を壊すのを怖れて、何も出来ない自分が居るのも事実だった。
「…まったく体は小さいのに歩くのは速いんだから」
澪がブツブツと文句を言いながら私の方へ近づいてくる。
私だってこのままなんてやっぱり嫌だけど…。
澪が隣に来るのを待って、一緒に歩き出す。
少し薄暗くなってきた廊下を澪と歩きながら、私はこの間から考えていたことを実行してみようと思い始めていた。

それはとりあえず軽音部に一度澪を連れてくること。

私は前から一度澪と一緒に演奏して見たかった。
もちろん二人だけなら家で何度かしたことあるけど、軽音部の皆と一緒にだ。
軽音部のメンバーはドラムの私に、ギターの唯と梓、キーボードのムギ。ベースは去年卒業した先輩が弾いていた。
卒業した先輩に代わって澪がベースを弾いてくれたら。
二年生になってからずっとそのことを考えていた。
とりあえずそのために、まずは澪を一度軽音部に来てもらわなければ。それで軽音部の皆に協力してもらって、澪がいつでも軽音部にこれるような雰囲気にする。
それには文芸部の部長にもご協力いただかないといけないけど…。

窓の外を見ると部員達に挨拶する部長の姿が見えた。
さっきドアを開けた時、部室の奥に居た部長がこちらを微笑ましいといった感じでニコニコしながら見ているのに私は気づいていた。まあこっちの方は問題ないけどね。文芸部の部長の弱点は掴んでるんだもんねー。ニヒヒ。
頭の中に昨年卒業した先輩の顔が浮かび上がってきて、ちょっとばかりおかしい気分になってくる。先輩驚くかな?
「どした、律?」
ちょっとばかりニヤけた顔になっている私に、澪が声をかけてきた。
「い、いや、別に。それにしても腹減ったー」
お前はいつもそればっかりだな。
呆れたように、でも少し笑いながらそう言った澪に私は「へへ」と笑い返す。

…この想いを澪に話してしまえば、もしかして今の関係が壊れてしまうかもしれない。
その恐怖はどこまでも私を臆病にする。でも、やっぱりこのままじゃあ嫌だ。
だから私は決意する。
「なあ、澪、今度の学祭でさあ…」
まずは澪をこっちの土俵に上げてやるんだ。軽音部の、私の居場所に。それに澪が実は家でこっそり一人でベース練習してるの、私は知ってるしな。
もうすぐ学園祭がある。私はそれに向けてライブも自分のこの想いにも全力投球することを決めたのだ。


…と、このときはそう固く決意していたのに、学園祭前にいろいろな事が起って、そのせいで私の決心はかなり鈍り、想いを伝えることなど無理だろうとほとんどあきらめかけてたんだけど。
唯やムギ、梓にけしかけられてなぜかステージ上でもうやぶれかぶれの大告白タイム…。
ま、結果的にうまくいった訳で良かったんだけど。
それについては軽音部の皆と和に感謝してもしきれないぜー。
私はあの時のことを思い出し、心の中で皆に合掌してお礼する。

しかし今思い出してもあれ、かなり恥ずかしい…。
私ですらそう思うくらいだから元来恥ずかしがり屋で目立つことが大嫌いな澪に、あんな大勢の前で告白しちゃったりして後で絶対殺されるな、と覚悟決めたりしたんだけど。
でも、なんだろ?あの時は恥ずかしかったり後が怖かったりと、いろいろなこと思ったけど。
なんというかー、ずーと言えなかった「好きだー」って気持ちをとうとう叫んじゃったからかな?それで吹っ切れちゃったっていうか…。

あの後の演奏は最高な気分だったー!

…でもライブ終了後すぐに音楽室に血相変えて乗り込んできた澪を見たときは、もういろいろ終わりだなと本当に思ったよ。

end

「どっちの君も好き」の律ちゃんのお話でした。律ちゃんはこんなこと考えてましたって話。
念願かなって澪ちゃんと一緒に新歓ライブ演奏できたことに大満足している律ちゃんですが、その後澪ちゃんのファンクラブが出来たのは予想外。
ファンからちやほやされる澪ちゃんを見て律ちゃんハラハラ。
今度の学園祭ではステージ上で澪にキスして全校生徒に見せ付けてやろうか、とか不埒なことを考えたりしてます。

短編「やっぱり君が好き」を読んで頂きありがとうございました。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

短編 「選択肢は決まってる」

Category : 選択肢は決まってる
続き物の短編の前に、ちょっと先に書けたのをアップします。
律と澪、唯と梓は大学生で恋人同士の設定。
律と唯の能天気でお馬鹿なお話です。
読んでやるぜーという方は下記よりどうぞ。

- 選択肢は決まってる -


「ん?唯、なんだよ、このたくさんのソフト?」
「ああ、それ。ムギちゃんが貸してくれたの」
「へえ、これ全部。てかムギ、なんでこんなのまで持ってんだよ…」
大学生になって一人暮らしを始めた唯の家に遊びにきた私は、テーブルの上に置いてあるノートパソコンの隣で散らばって置いてある、いくつかのパソコンソフトの中から一つ明らかに他のゲームとちょっと違うパッケージのソフトを手に取った。
「これ、…ギャルゲーってやつじゃーねーの」
「どれ?」
ほら、と言ってコーヒーを入れて持ってきてくれた唯に手に持っているソフトを見せた。
「へー、そうなんだ。…ところでりっちゃん、ギャルゲーって何?」
「いや、私もよくは知らないんだが…」
ゲームの中に出てくる女の子キャラと、ゲームの中でいろいろと話をしたり、遊びに行ったりして、気に入った女の子のキャラと最終お付き合いできれば終了。
「てゆうものかなあ。いや、正直私もやったことないからわからないんだけど」
「へえ」
唯は私の説明で理解したかどうかはわからないが、パッケージに描かれた幾人かの女の子のイラストをまじまじと見つめている。

「でも、なんでムギからこんなにソフト借りてんだ?」
机の上のソフトはゲームだけでなく、他にもいろいろとあった。
唯の話ではパソコンを買ったばかりでまだ何をしていいかわからない、とムギに話すと最初はゲームとかで慣れるのもいいんじゃない?と言ったらしい。
「なんかムギちゃん、タイピングソフト…だっけ?それでキーボード打つのに慣れるように練習してんだって」

私もパソコン覚えようと思っていくつか買ってみたの。
いくつか役立ったのがあったから、唯ちゃんもしてみる?

ムギはニッコリ笑ってそう言ってくれたので、唯はもちろん迷うことなく「貸して」とお願いしたのだそうだ。確かにソフトの中には「北○の拳 激打SE タイピング奥義 」と書かれたタイピングの練習ソフトも入ってあった。あとパソコン初歩の講座とか、ネットのなんちゃらとか…。
ま、それはいい。だが、なぜそれらに混じってこんなギャルゲーまで入ってんだ?
これも何かの役に立ったのか、ムギ?
想像すると、なんだか怖いな。

「それ、おもしろいのかな?」
「さあ?さっきもいったけど私もやったことないし…」
澪と違って私は機械類は苦手だ。パソコンだってまだ持ってない。
しかしさすがに最近では大学のレポートとか出すのも、手書きよりパソコンでしてみようかと考えてはいた。
「ふーん、まあ、せっかくムギちゃんが貸してくれたんだし」
全部やってみないと申し訳ないよね。
唯が楽しそうに他のソフトも見ている。これ全部?
とりあえずこのギャルゲーはする必要はないと思うが…。
「うーん、でもこのギャルゲーだっけ?ここに描かれてる女の子キャラとお付き合いするゲームなんだね」
「まあ、そうだな」
「だったら、私この子がいい」
「おいおい、ゲームの中でもツインテール猫耳娘を選ぶのかよ」
「もちろん。だって可愛いじゃん」
「どう見ても梓だな、これ」
「じゃあ、りっちゃんが選ぶとしたら?」
「え、私はうーんと、この子かな」
「なんだ、りっちゃんだってやっぱり黒髪ロングの女の子選んでるじゃん」
「だって、綺麗だろー」
「どう見ても澪ちゃんでしょ、このキャラは」
そこまで話して、二人してケラケラ笑いだした。
お互い選択したキャラが、そのまんま現実にいる自分の大事なあの子だ。

しばらくして笑いを抑えると、私も唯もテーブルに座って一緒にコーヒーに飲む。
コーヒー片手に私はもう一度ゲームのパッケージを見てみる。
「…でも、これはゲームだよな」
私はパッケージを開き中に入った説明書を読んでみた。説明書の中にゲームの登場人物の女の子のキャラの名前や性格が細かく書かれていた。
「どしたの、りっちゃん?」
「だからー、ゲームぐらい全然タイプじゃない女の子を選んで見るのもアリだと思わないか、唯」
「え?」
私はちょっとこのゲームに興味を持って登場人物一人、一人の性格を詳しく読んでみた。
さっき唯が選んだツインテールに頭に猫耳つけているキャラは、ツンデレ真面目タイプと書かれていた。おお、絵の雰囲気だけでなく性格も梓そのままだ。
私は唯にそう言って説明書を見せた。

「あはは、だったらこっちの子の性格も澪ちゃんそっくりだ」
私が選んだ黒髪ロングのキャラは成績優秀、学園の人気者と書かれていた。キャラが全員制服で描かれているからこのゲームは学園モノだと思ってたけどやっぱりそうだ。
「ほんとだなー。で、他のキャラを見てみると…」
唯と二人で説明書を見ながら、一人一人のキャラの性格を読み、イラストに描かれている外見の雰囲気を見て、その中で最初に選んだ二人は除外して選んだ子のイラストの上に唯と一緒に指で示す。
「うーん、この子だな」
「だねー」
私らの周りにはあまり居ないタイプ。
見た目は茶色の巻き毛でギャル系、美人だけど無口でクラスにあまり友達もおらず、授業も結構さぼりがちのちょっぴり不良。でも根は優しくて頼れる姉御肌の所もあり、深くつきあっていくともっと意外な可愛らしい一面も見れる…。
「まあ、いないことはないけど」
「なんか、イラストの雰囲気だけ見ると姫ちゃんに似てるね~」
「ああ、立花さんね」
三年生のときクラスメイトだった、立花姫子さん。言われてみれば似てるかもしれないがこのどこか無表情な感じがいちごに似てるなあ、なんて私は思っていた。
「姫ちゃんはすごい美人だし、優しいよ~」
「ま、現実の立花さんはそうだとして。このゲームの中のこの子は、はてどうですやら?」
「この子も絶対優しいんだと思う」
「えー、どうかなー」
さて、ここまで話をすれば大体ご想像できると思うけれど。
…後はもうするしかない。
唯の家に来てから二時間後には、私たちはすっかりこのゲームにハマッてしまっていた。

「りっちゃん、りっちゃん!これどうする?どれ選ぶ?」
「まて、唯。ここでいきなり『1.部屋に行く』を選んだら警戒されるんじゃないか?」
「え~、でもやっとここまでお話できるようになったのに~」
「馬鹿、だからこそここは慎重に」
「だいぶ仲良くなったもん。大丈夫だよ」
「そうかな、うーん。…それにしてもなんかちょっとさっきから危ない雰囲気が漂うな」
まさか、これギャルゲーじゃなくて…。
「何が危ないの、りっちゃん?」
「いや、まあ、大丈夫かな」
「そうだよ、りっちゃん。ここは『1』を選ぼうよ」
「いや、そういう意味じゃ…。まあ、一応唯が主人公だからな、唯がそれでいいなら」
「なんかそう言われると悩む~」
結局その後数分悩んだ後、二人とも『1』を選ぶこと決定。
「バッドエンドになる覚悟はあるかー!」
「おー!」
はい、テンションが上がってきましたよー!
「よし、選択」
「おお、どうだー!」
画面の中で悪態つきつつ、顔を真っ赤にさせながら了承する女の子。
「やった~、当りだった~!」
「でかした、唯!」
選択正しく喜び勇んでそのままゲームを進めることさらに一時間。

「…えーと、り、りっちゃん?」
ちょっとだけ顔を紅くしながら私の方を向く唯。
「ムギの奴、絶対これわかってて渡したんだな…」
ええ。さっき感じたわずかな疑問が大当たりしそうな、ゲーム展開になっています。
「ギャルゲーじゃあなかったか…」
「え、じゃあ何?」
「…」
ちょっと口に出すのは遠慮したいです。
「とにかくどうしようかー、この三択で決まるんじゃあ…」
「そうだな。いやー、迷うなあ、あははは」
二人して頬を少し紅く染めながら悩む私たち。
これが健全なる成人男子諸君なら、開始から三時間かけた苦労が報われるまで後一歩と行ったところまで、二人してやって参りました!

「えーと、唯は何番がいい?」
「えー、いや、えーと、り、りっちゃんは?」
「え、私は何番でもいいよ。唯が選べよ」
唯が一応主人公としてゲーム進めてたわけだしー。
「私はアドバイザーだからさ」
「いやいや、りっちゃんのアドバイスのおかげでここまでこれたんだもの」
ここはりっちゃんに選択を譲るよ~。
「「あはははは」」
二人して渇いた笑いを上げる。もう外はすっかり夜です。まあ、時間については今日は唯の家に泊まるつもりで遊びに来たので何の問題はありませんが。
しばらくして気まずさを隠すためにあげた笑いを抑えると、二人して目を合わせる。
「まあ、なんだな」
「そうだね~」

ここまで来たらやっぱ『3』番じゃね?

「だよなー」
「ちょっと見てみたいしねえ」
僅かな葛藤の後、二人して意見があった。
「とりあえずその前にちょっと買ったジュース飲んでいいかー」
なーんか、喉渇いてきたしー。
「そうだね。あ、そうだ。お菓子もあけようっと」
来る前にコンビニで買ってきていたお菓子もジュースも忘れてゲームに夢中になっていた私たち。お楽しみの前にちょっと休憩。二人共多少冷静になって袋からジュースやら、お菓子の箱を開ける。

「よーし、準備はいいか、唯」
「OKだよ、りっちゃん」
じゃあ、『3』番を選択つーことで…。
「いっちゃってくれー、唯」
「ラジャー!」
パソコンのキーボードをブラインドタッチからは程遠い、一本指で数字の「3」のボタンを押そうとする唯。
「な、なんか緊張するね~、りっちゃん」
「そ、そうだな」

では、行きまー…。

「どこへ行くんですか?」
二人してノートパソコンを覆うようにして、画面を見つめていた私たちの後ろから、ふと高校時代からの可愛い後輩の、ちょっと不思議そうな声が聞こえてきた。

パタン。

瞬時にノートパソコンを二人して閉じる。

「唯先輩、律先輩。二人とも何見てるんですか?」
ドア近くに立っていた梓がこちらに近づいてくるのが足音でわかった。私は咄嗟に唯にアイコンタクト。私の意図が理解できたのか、唯の目がキラリと光る。
「あずにゃ~ん、来てたんだー!」
唯はテーブルから飛び出すように立ち上がり、梓に抱きついた。
よし、しばらくそのままだぞ、唯。
「わ、唯先輩」
「どうしたの~、あずにゃん。今日は来れないって言ってたのにー」
だから安心して無防備にこんなゲームしてたんだよー、とは思っていても唯は当たり前だが口に出しては言わなかった。
「ああ、用事がずいぶん早く終わったんで。その、ちょっとだけ…」
少し頬を染めながら話す梓。うんうん、少しでも唯に会いたくて来たんだね、梓。
「…電話したんですけど」
「そうなんだ~。いやー、りっちゃんと話してて気付かなかったあ」
健気な恋人に「あははー」とまたさっきとは違った渇いた笑いをあげる唯。
唯が梓を止めている間に、私はばれないようにゲームのケースを鞄の中に入れた。
「ういーす、梓。邪魔してるぜーい」
ノートパソコンの上に手をさりげなく置きながら、後輩に挨拶する私。
「こんばんわ、律先輩。でも邪魔してるぜー、て言われるなら私もですけど。ここ唯先輩の家ですから」
「いやいや、梓は唯の恋人だからな。一応彼女にご挨拶」
「な、何言ってるんですか」
照れ隠しに怒ったように言うその顔はまだ少し紅い。
「えへへー。そうだよ、あずにゃん。ここはあずにゃんの部屋でもあるよー」
合鍵渡してるでしょ~。
唯がニヤニヤとした顔しながら梓を見ている。

ははは。そうかそうか。だから今、こんなピンチなんだなあ、唯。

私は目の前のラブラブカップルを微笑ましく見つめながらも、梓がいつのまにか部屋に居た理由がわかって唯を軽く睨む。
「と、とにかくパソコンで何見てたんですか?」
「え?」
「ん?」
「どこか行くって行ってましたけど…」
「いや、別に…」
ちょっと画面向こうにあるピンク色の世界へ…とか言えない。
「そうだね。た、大したものは。あれ?な、何見てたっけ、りっちゃん?」
「ははは、何だったかな。だらだらとあれだ、あのネットサーフィンってやつ?それしてただけでさ」
「はあ」
私たちのぎこちない態度に梓は少し訝しそうだったけれど、深くは突っ込んでこなかった。

「とにかくあずにゃんも座って、座って」
「そうだぞ、そんな所に突っ立てないでさ」
「あ、ええ」
お菓子買って来ましたよ、と言いながら梓もテーブル近くに座る。
「私らもちょうど買ってきたお菓子食べようかって思ってところだよ、なあ、唯」
「うん。ちょうど良かった」
「そうですか。ところでお二人とも、もう夕食は食べたんですか?」
「あ、そういやまだだな」
「あ、そうだね」
ゲームに夢中になってたからなあ。
「あずにゃんは?」
「私は軽く食べちゃったんで…」
「うーん、よし。唯、お菓子よりまずご飯だ!今、冷蔵庫の中何がある?」
「えーと、何があったっかな?」
「ちょっと見せてくれよ」
梓に聞かれて私は急にお腹が減ってきた。唯も表情で「お腹減ったー」て顔してるので、私は立ち上がってキッチン横の冷蔵庫を開けさせてもらう。
「なんだよ、ろくなもんないなー」
唯も私の側に来て一緒になって冷蔵庫の残りの食材を見ていた。
「りっちゃんさっき買ってきたインスタントのー」
「ああ、そだっけ」
来る前にお菓子と一緒にカップラーメンとか買ったっけ、と思い出す。
あれは確かテーブルの横に。
またテーブルのある部屋に戻ってきた途端、二人してピシっと音を立てて固まった。
さっき私が閉じたノートパソコンがいつのまにか開いている。
そしてそのパソコンの前で、正座しながらピクリとも動かず画面を見つめる梓。
「あずにゃん…」
「あ、梓…」
そろりそろりと近づいて梓の後ろから画面を覗き込むと、そこはついさっきまで『3』のボタンを押そうとしていた画面だった。

ちなみ画面下に出ている選択肢以外にも、唯曰く「立花姫子」さんに似、私曰く「若王子いちご」の無表情がよく似ていると思われた女の子のキャラがベットの上に顔を真っ赤にして半裸で座っている画像が映っております。
1、2、3の選択肢の内容ついては…言いたくありません。
それにしても、なんで?閉じたのに?
「…ノートパソコンって使用中に電源切らずに閉じただけだと、元の画面がそのまま残っているんです」
「へえー」
そうなんだ。まあ、私パソコンこんなに触ったのだって学校で習った以外はほとんど無かったからなあ。ましてやノートも始めてだし…。
てか、なんで私の考えてることがわかったんだ、梓!
梓が私よりもパソコンに詳しいのはわかったけど…。

「そ、そうなんだー、し、知らなかったなあ~」
ものすごく上滑りした感じの言葉が唯の口から出た。
もちろん唯だってパソコン歴は私とどっこいどっこいみたいなものだ。
唯も私もそれ以上何も言う言葉が浮かばず、しばらく部屋が気まずい沈黙に包まれる。
「いや、梓、それはムギが貸してくれて…」
「そ、そうなんだ~、あずにゃん」
私がパソコンを覚えるのに役立ててね、て言ってくれて~。
この場に居ない黒幕の名前をあげる私たち。
しかし梓は無言でピクリとも動かなかった。
「あ、あずにゃん?」
「………唯先輩」
「は、はい」
しばらくしてようやく梓が唯の名前を呼んだ。視線はまだパソコン画面の方だったが。
「なんでこんなゲームして…」
そこまで言うと梓は口を閉じた。少し肩をワナワナと震わせている。
「それにこのキャラ、全然私と違うタイプ…」
小さな声で呟くように言う梓。
あ、そこ気づいた?さっすが、梓。よく見てるなー、アハハー。
いや、梓。これにはいろいろ訳が…。

「いや、だから、これは、その…」
画面から目を離さず、肩を震わせる梓を見てオロオロしている唯。
「あー!今日は、も、もう帰ろうかっなあー」
「り、りっちゃん!」
…すまぬ、唯。私には耐えられません、この状況。
友を見捨てて一人逃げようとする私。
ああ、ここが唯の家で良かった、とつくづく薄情なことを考える。
さりげなく今から起こる嵐の前から姿を消そうとする私の腕を、唯が引きとめようと掴んだ。
「逃げるの、りっちゃん!りっちゃんがやってみたいって言ったくせにー!」
「やろう、やろう言ったのは唯だろ!」
大体唯が今日は梓は来ないから大丈夫だって言うから。
りっちゃんだって、澪にはばれないようにしろよって私に口止めしたくせに。
ギャー、ギャーと醜い争いを繰り広げる私たちに目もくれず、梓はおもむろに鞄から携帯を取り出してボタンを押した。

「だから!…梓、どこに電話してんだ?」
「逃がさな…あずにゃん?」
私たちの質問に無言で答える梓。
「…あ、こんばんわ。すいません、夜分に。今いいですか、…澪先輩」
何ー!?
「おい、梓、ちょっと!」
慌てて梓から携帯を取り上げようとしたが、唯が後ろから羽交い絞めしてくる。
「おい、唯!」
「一人だけ逃げようってのは駄目だよ、りっちゃん!」
「…ええ、ええ。はい、それで」
待て待て待てー!
抵抗むなしく、ものの数分で澪との話が終わったのか、梓は手に持った携帯を私の前に突き出すように渡そうとする。
「へ?」
「澪先輩が代わってくれって」
「ええ!?」

きょ、拒否権は…?
無いです。

後輩の慈悲の心に縋ろうと、力無く笑ってそう聞いてみても、梓はあっさりと先輩の願いを笑顔で拒否した。仕方なく恐る恐る携帯を受け取る私。

「あー、み、澪。あのー、…え、今すぐ帰ってこいって」
「え、いやいや。ほら、今日は澪も実家に用事があるから帰らないって言ってたし。今から私、帰っても…」
「いやいやいや、そんな久しぶりに帰ったのに。そんな慌てて帰ってこなくても明日は大学も休みだし、家族水入らずで…」
「………すぐ帰ります。え、…わかりました。後で、駅に迎えに行きます…」
もはや言い訳する時間も与えてくれねえ。
私はがっくりと肩を落として梓に携帯を返した。
「り、りっちゃん?」
「…唯、さよならだ」

お互いの健闘を祈る。

私はそれだけ言うと、無言で鞄を肩に担ぎ俯きながら唯の部屋を出ようとする。
うう、それにしてもそんなに悪いことなのか。ギャルゲーするのが。
「これ、ギャルゲーじゃないですよね、律先輩」
いや、でもね、梓君。そのゲームを唯に渡したのはムギでね…。
「ムギ先輩にはまた後でお話します」
ムギ先輩がそのゲームを楽しんだかどうかはまあ、ともかくとして。
「他のソフトと間違えて入れた可能性もありますしね」
絶対にそれはねえ!
「とにかく早く帰られた方がいいですよ、律先輩」
帰りたくねえ…。
しかしここにはもう居られない。私はすごすごと唯の部屋を後にした。

りっちゃーん。

しばらくして遠くに唯の叫び声が聞こえたような気がしたけれど、私は振り向かずに歩く。
夜道を歩きながら、もういろいろあきらめの境地に達していたが、せめて最後に一つだけ言わせてもらえるなら…。

どうせばれて怒られるなら『3』を押した後の結果が見たかった!

お菓子とか用意しないで、唯にそのまま押させるべきだった…。
苦い後悔を胸に抱きながら私は駅に向かって歩き続けた。

end

もちろんその後はピンク色の世界が待っていましたが、残念賞。
唯ちゃんは一人暮らし。律ちゃんと澪ちゃんはルームシェアという名の同棲中。
今日は澪ちゃんも梓ちゃんも用事でいなかったので、二人して遊ぼうぜーとなった律ちゃんと唯ちゃんの身に落ちた悲劇、ならぬ喜劇。もちろん脚本家はムギちゃん。

「げんしけん」という漫画を兄に薦められ、読んでみて思いついたネタです。
主人公が彼女にエロゲーしていい?って聞いてるシーン読んでなぜか。

短編「選択肢は決まってる」を読んで頂きありがとうございました。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

短編 「製菓会社とあいつの陰謀」

Category : 製菓会社とあいつの陰謀
もうすっかり過ぎてるけどバレンタインのお話です。
読んでやるぜーという方は下記よりどうぞ。

製菓会社とあいつの陰謀


それにしても製菓会社の陰謀も最近は極まったって感じだよね。
義理チョコだの、友チョコだのさー。他にもあるんだっけ?
とにかく好きな相手がいなくても、とりあえずチョコ買いませんかーと言わんばかり。
これがバレンタイン商戦ってやつ?がっちりしてるよなあ、製菓会社。
まあ、別にそれが悪いとか、反対とかしてるわけじゃあないけど。
それはそれで楽しいしなあー。
でもたまにはこうもっと原点に帰るべきじゃないかと思うんだな。つまり…。
チョコは好きな人、つまり本命だけに渡せばいいんだよ!うん。
バレンタインって元々はそういう日だろ。私はそう思うわけ。だから今年はさ…。

「チョコはいらない?」
いつもの軽音部部室でのティータイム。
律がさっきからくどくどと、あと二週間程でやってくる二月のイベント、バレンタインへの文句?なのかなんだか知らないけど、とにかく皆に演説するように一息にそう話すと、最後に宣言するように言ったことに驚いて、即座に聞き返した。
「あー、いらないっていうか…」
「え、どうして?一つも欲しくないの、律ちゃん?」
「ん、いやだから数がどうとかじゃなくてー」

今年は義理チョコや友チョコは、貰わないし、渡さない。

首を傾げながら不思議そうに尋ねるムギに律は、さっきの言葉を補足して再度高らかに宣言した。
「律先輩。どうしたんです、突然」
梓もムギ同様不思議そうに律に聞いてきた。
「別にどうもこうもないけどな」
「り、りっちゃん、どうしたの」
ワナワナと体を少し震わせながら、どこか心配そうな表情を浮かべて律を見る唯。
「別に。…てゆうか唯、そのおかしな人を見る目は止めろ」
確かに唯にとっては大量のお菓子がタダで(ホワイトデーのお返しがあるからまるっきりタダではないと思うけど)頂けるとてもありがたい日だ。律の発言はそのありがたい日を全面否定しているようなものだった。

「律ちゃん、ダイエットでもしてるの?」
ムギがティーポット片手にそう聞いてきた。
さすがに私と同じ、常に体重を気にしているムギらしい質問だ。
「違うよ」
「まさかホワイトデーのお返しするお金がもったいないから…とかじゃあないですよね、
律先輩」
梓の質問はなかなかに鋭いと思う。とゆうか私もちょっとそう思ってた。
でも律は案外料理が上手でお菓子作りだって結構得意だから、お金が無いなら無いなりにクッキーなどを安く作ることだって出来なくはないはずだ。実際昨年はそうやってホワイトデーのお返しをしてる。
「…違うよ」
律は否定しつつも返答までに多少間が空いた。
図星で無いにしても、当たらずも遠からずかな?
「本当ですかー?」
「違う」
さすが梓は少し空いた間を見逃してはこなかった。だけど今度はすぐに否定する律。
「じゃあ、どうして~?チョコだよ、チョコ!」
唯は両手を頬に当てながら、うっとりとして「チョコ」を強調してくる。
きっと今、唯の頭の中には世界のあらゆるチョコレートが、唯と一緒に楽しくタンゴやジルバを踊りまくっているに違いない。
「…とにかく今年は貰わないし、渡さない。今の内からクラスの皆や、他にもそう伝えとこうと思ってるんだ」
唯の質問を無視して律はそう言った。
確かに今ここで「いらない」と言っていても、当日直接渡されれば、さすがに面と向かってはっきりと断るのも難しいだろう。
「それに早目に言っておけば、皆もチョコ一つ分の出費減っていいだろー」
そう言って律はムギが持ってきてくれたクッキーを手に取り、口に放り込むんだ。
「モグとにかく今年はモグ皆私のことは気にしないでくれモグ」
律はクッキーを口に入れたままそう言うと、ムギに向かって「これおいしいなあ」と能天気にクッキーの味を賞賛していた。

「信じられないよ、りっちゃん…」
心配から今や憐れみにも似た表情を浮かべて律を見る唯。
「何がだよ。てゆうかそこまで貰う気満々なのかよ、唯…」
唯は今回の律の宣言が余程おかしいと思っているのか、大げさに首を振って「信じられない」を繰り返し呟いていた。
律の言う通り、どこまで期待してるんだ、唯。
「まあ、律ちゃんがそう言うなら…」
「おう。ムギも私の分は他の子に回してやってくれ」
律は両手を頭の後ろに回し、背中を椅子にもたれさせると「さて、クラスの連中にも明日にでも言っとかなきゃなあ」と言った。
「澪ちゃん、りっちゃんが変だよ!」
唯は視線は私に向けながら、横から律の肩を掴むとぶんぶんと律の体を左右に振った。
「正気に戻って、りっちゃん!」
「私は最初から正気だ!」
左右に揺らされながらも、唯に言い返す律。
「大体いつも食べきれないからなー」
律がポツリとこぼした毎年貰うチョコの数の多さも、たぶん今回の宣言の理由の一つでもあるんだろう。確かにチョコをもらえるのは嬉しいけど、毎年それを食べるのには苦労していた。
体重計に乗るのがいつも以上に嫌になる時期だ。
でも律は私と違って普段それほど体重を気にしていない。それに昨年は「食べ切れなくても貰える物は貰うぜー」とか言ってたのに。
「澪は昨年、すごいもらってたよなあ。きっと今年もすごいぞ!」
ニシシと笑いながら言う律の言葉に、私は昨年の事がリアルに思い出されてきた。
「そ、そんな事…」
あった。確かに昨年はどう食べればいいか悩んだものだ。結局家族や軽音部の皆に頼んで、少しずつなんとか食べたのだけど。
「まあ、義理チョコや友チョコなんてさ、製菓会社のさらなる陰謀だよな~」
昨年の今頃、体重計がいつもより多めの数字が表示した時は、ある程度予想していたけれどショックだったことも思い出す。確かに陰謀だな、律。
「いい陰謀だよね~」
と、私の内心の葛藤も知らず、まともやうっとりした表情をしながらそんな事を言う唯。
まだ唯の頭の中はチョコパラダイスのままなんだろう。

「まあそれにお小遣いの節約にもなるし…」
顔を逸らしポツリと呟いたこれこそ、やっぱり律の最大の本音ではないかと思う。やれやれ。
「あ、やっぱりホワイトデーのお返しを渋ってますね、律先輩!」
梓が予想通り律に突っ込みを入れる。梓が言わなければ私が突っ込むところだった。
「い、いや違う、断じて違う」
律は片手を梓の前にビシッと出して即座に否定した。
「どうだか」
「中野~」
まだ疑わしそうな目をしていた梓に、律が立ち上がって後ろからヘッドロックした。
「あはは、よして下さいよ~」
最近では律のそんなちょっかにも慣れてきた梓は笑いながら、律の腕から逃れようとする。
そんな二人の様子を見るのはなかなかに微笑ましい。
「あー、りっちゃん、ずるいよ!」
唯も強引に参加してきて、いつものように三人でじゃれあって笑った。
「もー!いい加減練習しましょう!」
結局これもいつも通り、しつこくいじってくる律と唯に最後には梓がキレて、そう叫ぶのが最近のお約束だ。「はいはい」とおなざりに返事しながら律も唯もいつもの席に着いた。

そんな三人の様子を見ながら、私は律がなぜ突然そんな事を言い出したのか考えていた。
お小遣いの節約や、食べるのが大変というのがまるっきり嘘ではないとしても、やっぱり律があっさり「いらない」と言うのはおかしな気がした。唯とは違った意味で、イベント好きな律がそれに参加しないと宣言するのも珍しい。
また何かよからぬ事を企んでいるのでは、と思うのは長年の付き合いから仕方ないことだ。
唯と馬鹿話をして笑う律の様子はさしていつもと変わらなかったけれど。

バレンタイン当日。
学校に入るとそこらかしらでチョコが飛び交っている。
おはようの挨拶の代わりに「はい、チョコ」みたいな雰囲気だ。
下駄箱でチョコを貰ったり渡したりする数人の女の子たちを横目に、上履きに履き替え廊下を歩いていると、紙袋持って歩いている女の子たちがやたらと目に入ってくる教室に入っても、色とりどりの包装紙で巻かれてリボンに包まれたチョコの袋がやたら目につく。
お礼を言いあってチョコが入った袋を交換しあうクラスメイトたち。
「皆、楽しそうだな」
私はちょっと苦笑しながら、そんな感想が漏れた。

私はといえばすでに朝登校時に数人からチョコを貰い、下駄箱から雪崩のように落ちてきたチョコを拾い、廊下を歩いている時に声を掛けられチョコを貰い、と。
持ってきた大き目の紙袋にどんどんそれを入れていくのを眺めて嬉しく思いつつもちょっと溜息をついた。カロリーが気になるお年頃なんです。
教室に入ってからもチョコを貰いその度に「ありがとう」とお礼を言う。
今日一日何回お礼を言う事になるんだろう。そう思いつつもやっぱり皆の好意は素直に嬉しい。そんな和気藹々とした雰囲気の中で、律の周りだけはそんな周囲とはちょっと引いているように見えた。
さすがに二週間も前からクラスでも、時々声をかけられる下級生にも「義理チョコとか、友チョコとか今年はパスするわ。ごめーん」と両手あわせて謝りつつ伝えておいた律は、チョコを交換しあう様子を楽しそうに見ているが、誰かから貰っている様子はなかった。

放課後になるとバレンタインの熱気はだいぶ収まったけれど、私は下駄箱にチョコと一緒に入っていたお手紙に書いてある場所に向かう事二回。予想はしていたけれどやっぱりそれは告白へのお呼び出しだったわけで、私は好意に感謝しつつもその想いを丁重に断った。高校に入ってから何度か体験しているけれど、やっぱり告白のお断りを言うのは気が重いことだった。

少し遅れて部室に入ると私以外はもう皆揃っていた。
それぞれに貰ったチョコレートの袋や箱をテーブルに投げ出し、楽しそうに貰ったチョコそれぞれの感想をいいながら食べていた。いつもの席に座った私ももらったチョコの一つを、可愛らしい包装紙を丁寧にはずして食べてみる。おいしい…。
そんなチョコがメインのティータイムの中で、唯一律の前にはチョコレートの類が一つも置いてなかった。ムギに入れてもらった紅茶だけ。
「りっちゃん、ちょっと食べる?」
「いいよ。貰ったんだから、ちゃんと食べろよ、唯」
飲み物だけでお菓子がない律に、唯は六個入りのチョコの一つをあげようとしたが彼女はあっさり断った。皆からそれぞれチョコを勧められても、律は「いいよ、いいよ」と言って全て断っていた。
「本当に今回は全然貰ってないんですか、律先輩」
「ん?あ、まあ」
当日まで律の言葉をたぶん冗談だろうと思っていた梓は、頑なにチョコを拒否する律に少し驚きそう聞いてみると、律は少し歯切れの悪い返答をしていた。
まだ信じられないような顔をする梓に、唯やムギが教室でも律は一つもチョコを貰っていなかったと証言。
「はあ…。今回は徹底してますね」
「まあね。一度言ったからには有言実行だよ!」
ふふんと、腕を組んで胸をそらす律。
そんな律の様子を皆が少しだけ不思議そうに見ながらも、結局すぐに貰ったチョコに関心を戻して、品評会よろしくあれこれと言いだす唯たち。私も唯たちと同じようにチョコを食べながら、何となく律の様子を伺っていた。
どうして律が急に今年は「チョコいらない」なんて言いだしたのかは、バレンタイン当日になった今もまったくわからなかった。二週間前の学校からの帰り道で聞いてみても、律は「別に」とか「いつも食べきれないだろ」とか曖昧に答えていた。
私はそれだけが理由じゃないようになんとなく思っていたのだけど。まあそれは私の考えすぎで、案外それが本当なのかもしれない。
とにかく梓の言うとおり確かに今年は徹底している。

ほとんど練習もせずにチョコの試食会と化した今日の部活も終え、交差点で唯たちと別れて律と二人で歩くいつもの帰り道。
「皆、持って帰るの大変だな」
ついさっき手を振って別れた唯たちが、チョコを抱えて歩く姿を思い出したのか、律は少し笑いながらそう言った。律の言葉に私は笑えなかった。なぜなら唯たち以上にたくさんのチョコが入った大き目の紙袋を持って歩いているのだから。
「ま、澪もだけど」
チョコが詰まった紙袋の片方の紐を持ってくれている律が、袋の中身を感心したように見ながら「相変わらずモテますなあ」と言った。マフラーを口元まで覆っているので笑っているかどうかはわからないけれど、その目は確実にからかい気味に笑っていた。
「な、り、律だって…」
律だって本当ならたくさんもらっていたはずなのだ。
昨年は持って帰るの大変だー、なんて笑って愚痴をこぼしてたのに。
ちゃかしてくる律に言い返そうとして、肩にかけている鞄以外何も持たない律を見て言っても無駄だとさとった。

「律」
「ん?」
「…結局、今年は一つも貰ってないのか」
今、見ている限りでは彼女の手元にはチョコらしきものはない。でも一応聞いてみる。
「んー」
私の質問に律はYESともNOとも言わず視線を宙に浮かせた。そういえば部室で梓から聞かれたときも、律ははっきりと返答していなかった。
「どうなんだ」
律が貰ったのか、貰っていないのか。なぜだか私にはそれがとても気になった。
嘘。本当はずっと気になっていた。
急に「今年はチョコはいらない」なんて言い出したことも気になっていたけれど、今はそっちの方がとても気になる。
「んー、あー、貰ったよ」
一個、とそう言って律は人差し指を立てた。
「え」
一個。一個だけ。つまり一人だけ。そ、それって…。
「だ、誰に!」
「お、おい澪。チョコが落ちるよ」
つい興奮して紙袋の片方の紐を持っていた手を上に挙げてしまい、左右のバランスが崩れてチョコが落ちそうになった。
「あっと、ごめん。てゆうか誰からのチョコ?」
律に言われて慌てて手のバランスを取って、チョコを入れ直しながら私は再度聞いてみる。
ああ、それにしても何をこんなに焦ってんだろ、私。
「えーと、下級生の子」
「下級生?知ってる子?」
「嫌、全然知らなかった」
「は?」
全然知らない子からの、そのチョコだけは受け取ったんだ?
「え、な、なんで?」
「んーと」
律の話では今年はあれだけ宣伝しておいたから、別に何も入ってないだろうと開けた下駄箱の中にチョコが一つだけ入っていた。そのチョコと一緒に置いてあった手紙。
手紙には「放課後良ければ屋上に来てください」と書かれてあった。それって…。
「で、行ってみたらまあ、その、お約束の…」
「ああ…」
律も告白されてたんだ、今日。
その事実に少しだけ何か漠然とした不安な気持ちが、私の中で湧きあがった。

「律…」
「だからチョコはその子のだけ…ん?」
「その、告白されて。…OKしたのか」
律はそのチョコを受け取っている。それはもしかして…。
不安な気持ちがますます募る。なんだか息苦しささえ感じる。
「嫌、断ったよ」
「へ」
あまりにもあっさりと律が答えたので、私は内心で拍子抜けしてしまった。
途端にスムーズになる肺呼吸。消えていく不安な気持ちと入れ替わりにくる安堵感。
「え、あ、だってチョコ…」
「チョコだけでも受け取って下さいって言われて」
告白を断ったから遠慮したんだけど。
律はちょっとだけ申し訳なさそうな顔をしてそう言った。
「そ、そうかー。まあ、それは、ね。私も結局貰ってるし」
「おおー。やっぱ澪も告白されてたんだな」
やっぱねーと笑う律。
うう、安心したせいかついポロリと口から漏らしてしまった。
「ま、まあ、そうだけど。律だってそうじゃないか」
「…まあね」
それにしても律も今日下級生から告白されていたとは。
それには驚いたけれど、律から「断った」と聞いて心底ほっとしている自分の気持ちにも今さらながらに驚いていた。
「な、なんだ。結局今年も貰ってるじゃないか。今年はチョコいらないって言ってたくせに」
一個だけとはいえ「チョコはいらない」と宣言していたのに、しっかり貰っている律に私はちょっとだけちゃかしたい気分と、ほんの少しだけその下級生からチョコを受け取ったことに対する嫉妬が入っていることを自覚していた。
だいたい律がいらないって言うから…。
「は?何言ってんだ、澪」
少しだけやるせない気分になっていた私に、律が不思議そうに聞き返してきた。
「え?」
「私はチョコはいらない、なんて言ってないぞ」
律の言葉に驚いて、紙袋を半分持ってくれているので自然と私と同じペースで隣を歩く律の横顔をまじまじと見つめてしまう。その横顔に私をからかっている様子は無かった。
「え、だって…」
「私は『義理チョコ』や『友チョコ』とかは貰わないって言ったはずだけど」
「…」
そう言えば、そうだっだ、…ような。
「でもいつも一杯で食べきれないしって…」
「だから義理とか友チョコ一杯もらうだろ、毎年」
それが食べきれないから毎年大変だって言ったんだよ。
少し肩をすくめてそう言う律。
「言っただろ」

チョコは好きな人、つまり本命だけに渡せばいいんだよ!って。

律の言われて私は二週間前の話を思い出していた。
確かに律が最初ちょっと演説するかのように何かを話をしていたけれど、いつもの単なる思いつきみたいなものだろうと思って、あまり内容をちゃんと聞いていなかった。
「私に告白までしてくれたんだから」
このチョコは『本命』チョコだろ。
そう言いながら、空いている手で肩に背負っている鞄をぽんぽんと叩いた律。
たぶん鞄の中にチョコが入っているんだろう。
「それはちゃんと受け取るよ」
少し照れたような表情を浮かべて律はそう言った。

律の話を聞きながら私は頭の中で少し彼女が言っていることを整理していた。
義理や友チョコ「は」いらない。本命「だけ」受け取りますってこと?
本命だけ。本命のチョコだけ…。
「おい、澪。澪ってば」
「え、え?」
「え、じゃないよ。もう澪の家の前だぞ」
「あ」
言われて見れば目の前に私の家。考え事していたので通りすぎそうになってしまった。
「なに、ボケてんだよ」と律が呆れながら突っ込んでくる。
「ほい」
「あ、ああ、ありがとう」
律から持っていた片方の紐を貰った私は、紙袋を持ち直してここまで一緒に持ってくれたことに御礼を言った。
「別にいいよ」
軽くそう言うと、律はじゃあなと手を振って歩いていこうとした。
あ、ちょ…。
私はまださっきの話を続きが聞きたくて帰るのを止めようとする前に、律の足がピタリと止まった。数歩歩いただけで急に立ち止った律は、私に背中を見せたまま固まったように
動かない。
「律?…あの、チョコのことだけど」
じっとしている律を不思議に思いつつも、とりあえずさっきのチョコの話の続きをしようと思い、声を掛けてみても律は私にじっと背中を見せて立ったままだ。
「律?」
もう一度律の名前を呼ぶと、律が不意に回れ右してくるりと私の正面を向いたかと思うとスタスタとこちらに向かって歩いてきた。律の急な行動に今度は私が固まってしまう。
私のすぐ側までくると、律は一瞬顔を下に俯かせたけれど「うー」と小さな唸り声を上げたかと思うと、おもむろに肩にかけてあった鞄を取って中に手を入れて何かごそごそと探していた。しばらくして律が取り出したのは。
「チョコ?」
下級生の子から貰ったチョコだろうか。
私がチョコを見てそんな風に思っていると、律は私が今日貰ったチョコの袋や箱で詰まった
紙袋の一番上にそっとそれを置いた。
「…澪にやるよ」
「え」
それは告白された下級生の子から貰ったものじゃあ…。
「一応手作りだぞ」
「いや、それは律が貰ったものだろ」
「はあ?ちげーよ。私が作ったんだよ」
「………………へ!?」
てっきり貰ったチョコだとばかり思っていた私は、思いもがけない律の言葉にかなり間の抜けた返答をしてしまった。
「だから!」

今年は貰うのも、わ、渡すのも本命チョコだけだしー。

突然チョコをもらって戸惑う私に、律がちょっと拗ねたような口調でそう言った。
顔を俯かせていてその表情はわからなかったけれど、少しだけ見えた頬や、髪の隙間から見える耳は真っ赤になっていた。
「え?え!?」
「べ、別に食べたくなかったら捨ててもいいし…」
そこまで言うと律はまたくるりと体を回して後ろを向くと「じゃあな!」と叫ぶように言って小走り気味に歩いていってしまった。
突然の出来事に家の前で呆然と立ちすくむ私。

ふらふらとしながらドアを開け、玄関にずっと持っていて重かった紙袋と肩にかけていたベースを一旦置いて、やっとほっと一息吐いた。
一息吐いたところで、一番上にある律から貰ったチョコを手に取りそれをまじまじと眺めながらさっきの律の行動をゆっくり思い返す。
今年は義理や友チョコは一切貰わないし渡さない。…でも。
告白された女の子の本命チョコは受け取った。そして自分で作ったチョコは私に…て!
ええ!?え、つまりそれって!?
そこまで考えて恥ずかしさで一気に顔が真っ赤になった。
「ば、バカ、バカ律!周りくどいとゆうか、わかりにくいんだよ!」
玄関でそう叫ぶと、私は慌てて鞄の奥に今朝から入れてあったチョコの箱を取り出した。
それからその箱と入れ替えるように、律から貰ったチョコの袋をそっと鞄に入れた。
「おかえり、澪ちゃん。…どうしたの?」
「ちょっと律の家行ってくる!」
玄関で靴も脱がずチョコが入った大きな紙袋とベースの前に立つ私を見ているママにそう言って、チョコを片手にドアを開けて飛び出した。
はやる心が足に伝わって、私もさっきの律のように小走り気味になってしまう。
胸に大事に抱えこんでいるのはチョコレートが入った箱。
チョコはいらないと律が宣言した(と思っていた)ので、今年私は散々悩みながらも、結局作ってしまった彼女へのチョコ。でも今年は渡せないだろうとあきらめていた。

でも本命チョコなら受け取るんだよな、律。
ならしっかり受け取ってもらおうか。
この包装紙とリボンだって、すごく選ぶのに悩んだんだから。
…今年もたくさん貰ったけど、渡すのは律だけなんだからな!

小走り気味に歩きながら私はそんな事を思っていた。
照れと恥ずかしさもあるけれど、それ以上にある嬉しいという気持ちが私の心を浮きだたせ、歩く速度がますばかり。
はやる気持ちを抑えながら、私は律の家へと急いだ。

end


律ちゃんの一見遠回りのような、でもストレートな告白話でした。
今年は渡せないだろうなと半ばあきらめつつも、しっかりチョコレートを手作りしてる澪ちゃん。

個人的には義理も友チョコ楽しくていいと思ってます。
チョコの出費と、いろいろ気を使って大変という一面もあるけどw

短編「製菓会社とあいつの陰謀」を読んで頂きありがとうございました。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:書き人知らず知らず
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ジャンルは『けいおん!』律澪
律澪はジャスティス。
いい言葉ですね。

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