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短編 「最後の願い」

Category : SS短編連作(桜シリーズ )
短編です。
ちょっと早いけど桜咲く春のお話です。
読んでやるぜーという方は下記よりどうぞ。

- 最後の願い -


この道を好きな人と歩きたい。

高校へ入学する前。
いつものお気に入りの桜並木を歩きながらそう思ったことがある。
子供の頃から人見知りな私は最初なかなか友達が出来なくて、いつも学校から一人で家に帰っていた。家までの帰り道に少しだけ遠回りすると川があって、春になると川の側に植えられた桜が一斉に咲いて、いつもの見慣れた道が桜色の絨毯を敷き詰めたように鮮やかに染められていた。

ついこの間までは普通のアスファルトの道だったのに、まるで魔法にかかったみたい。
当時家でも学校でも本ばかり読んでいた私は、初めてこの道を歩いたとき、幻想的と言えるほど美しい桜の通り道を潜りながらそんな風に思っていた。
空を見ても地面を見ても、私の瞳に映る桜色の世界。
わずかな期間しか効かない、とても素敵な魔法。

この桜通りを始めて見つけたとき、私はすぐに「友達と一緒に歩きたい」と思った。
この不思議な魔法を誰かと共有したかった。たった一人だけでもいいから。
ほんの少しだけ私と一緒に遠回りしてくれて、このおとぎ話の中に迷い込んだような不思議な桜色の道を一緒に歩いてくれないだろうか。…そう願った。
でも桜の季節はとても短い。

私の小さな願いは始め、なかなか叶わなかった。願いが叶ったのは小学五年生の時。
四年生の時にあることがきっかけで仲良くなった、私とは正反対の明るい性格のあの子。
五年生になるとすぐ、学校の帰り道に私は内心とてもドキドキしながらも勇気を出して彼女を誘ってみた。とっても綺麗な場所があるから行ってみない?…と。
私の最初の願いを、彼女はあっさりと叶えてくれた。

高校受験が終わって私は無事に志望校に入学することが決まり、後は入学式を待つばかりとなったある日。
買い物ついでに、私は久しぶりに小学生のときからお気に入りの桜並木が続くこの道をのんびりと散歩していると、ふと今度は「好きな人と一緒に歩けたらいいな」と思った。
友達と一緒に歩くという願いはもう叶った。だから次は…と、いかにももうすぐ女子高生になる乙女らしい願いだと思い、私は少し笑った。
それでも風に舞う花びらたちが魅せる綺麗で幻想的な風景を見ていると、その願いがいつか叶って欲しいな、と思う。きっととっても素敵な散歩になるだろう。

…でもとりあえずその前に、今年も彼女と一緒に歩いておきたい。
カチューシャがトレードマークの親友の笑顔を思い出し、私は今すぐにでもそうしたい気持ちに駆られた。肩にかけた小さなポシェットから、高校に合格したお祝いとして買ってもらった携帯を取り出しボタンを押す。まだそれ程使い慣れていないけれど、彼女の番号はもう登録している。だって携帯を持って一番最初にかけた相手は彼女だ。
彼女も私と同じように高校の合格祝いとして携帯を買ってもらえることになり、二人で一緒に携帯ショップに行き、同じ機種を色違いで買っていた。

ほどなく携帯に出た彼女に「暇なら来てよ」と言って携帯を切る。
私の予想通り、彼女は「いきなり、何だよ~」とか文句を言いながらも来てくれた。
二人して桜の中をゆっくりと潜り抜けていく。
私はふとさっき思いついた願いを彼女に言ってみた。そしてすぐに言ったことを後悔した。
「澪しゃんは乙女ですなぁ~」
彼女がニヤニヤ笑って私をからかってきたからだ。
わかっていたはずなのに、こうなる事は。
私は拳骨を一つ彼女の頭に落としてすっきりすると、またゆっくりと歩いていく。
頭に出来たたんこぶをさすってぶつぶつ文句を言いながらも、やっぱり彼女はついて来てくれる。少し後ろで殴られた頭をさすりながら歩く彼女を見て、私は少し笑った。

「澪ー」
私の名前を呼びながら側に近寄ってきた彼女は、そっと私の手を握った。
「へへ」と少し照れ笑いをする彼女。
そんな彼女の行動に私はさして何も言わず、ただ少し笑って手を握り返した。
「照れんなよー」
「別に。それはそっちだろ、バカ律」
素っ気無くそう言い返す。でも本当はすごく照れていた。
しかし私はそれをなるべく表情に出さないように努めた。
そのまま私は彼女と手を繋いでゆっくりと桜の道をまた歩いて行く。
さっきまで乙女らしい願い(彼女には笑われたけど)を、風に舞う桜にそっと託していた私なのに、今はまだ彼女と二人で歩ければそれでいいか、と彼女の手の温かさを感じながらそんな風に思い直していた。

大学は国立の推薦を蹴って、軽音部の皆と一緒に女子大を受けた。
無事全員合格してホッとしたと思ったら彼女が「私も一人暮らしすることに決めた」と唐突に言ってきた。軽音部の仲間である唯が一人暮らしすると聞いてどうやら自分も、と思ったようだ。引越しも終わり、明日にも大学に近いワンルームマンションに住むことが決まった彼女と私はもう何度目か忘れたけれど、いつものお気に入りの桜並木を一緒に歩いていた。
いつもはたわいもないお喋りをしたり、コンビニで買ったお菓子をベンチに座って桜を見ながら食べたりする私たちだけど。今日はなぜか二人、ただゆっくりと歩いていた。
毎年変わらず美しく風に舞う桜の花びらを瞳に映しながら、私たちはしばらく無言で歩いていく。本当に毎年変わらない、幻想的で美しい風景…。

「律、もうあっちの家の方は片付いたのか」
「まあ大体は。後は住みながらちょこちょこ片付けるよ」
「…本当に片付けたのか」
「もちろん」
やれば出来るのに、普段は面倒くさがりの彼女だからきっとマンションの中はまだ開封されていないダンボールが一杯積みあがっているに違いない。
「言っとくけど、私は手伝わないからな」
「あら、冷たいわー、澪しゃん」
それが小中高とずっと一緒だった貴女の可愛い幼馴染に言うことかしらん。
いつものおちゃらけた言い方をする彼女。
「ずっと一緒の幼馴染ってのは認めるけど、幼馴染の前についてた形容詞が間違ってる」
「ひどい!」
そう言って泣き真似する彼女をあっさりスルーする私。
それにしても彼女の言うとおり、私たちは小中高と一緒で今度は大学まで一緒だ。
「まあ、いいさ。別に片付け手伝ってくれなくてもいいけど。遊びにくるだろ」
「うん」
律のマンションは学校から近い。私の家からは片道二時間もかかるから、時々は泊めてもらおうかなとか思っている。
「あーあ、それにしても私たちもとうとう大学生かー」
どんどん年を取っていくのねえー。
「なんだよ、そのおばちゃんみたいな言い方」
「いやいや、二十歳過ぎたら女は年を取るのが早くなるって聞くからなー」
私たちはまだ十八歳だ。私なんてつい三ヶ月前になったばかりだし。
「私はまだ大学生だーなんて実感ないけど」
「はは。そうだな」
彼女は少し笑った。私はおちゃらけているけれど、本当は少し一人暮らしするのを不安に思っているのかもしれない。でも家事は結構なんでもこなす彼女のことだから最初は戸惑うかもしれないけれど、すぐに慣れるだろうと私は思う。
またしばらく沈黙が続いた。でもそれは気まずいものではなく、私たちは静かに短い期間しか見れない桜をじっくりと味わっていた。ただどんなにゆっくりと歩いても、いつかはこの桜並木の道も終わる。

「澪」
「ん?」
「大学に行ったらさー。お約束の合コンとかしちゃうのかねー、私たち」
「…さあ」
「いや、やっぱすんじゃね。女子大生イコール合コンだろう」
「誰が決めたんだ、そんな法則」
「違うかな?まあ、女子大だからなあ」
そんなのないのかな?と首を傾げる彼女。
「律は合コンに行ってみたいのか?」
「そりゃあ、一度くらいはさあ」
今しかできないじゃん。
そう言った彼女は興味津々といった感じだ。
「澪は行きたくないか…て聞くまでもないか」
「なんだよ」
「だって、人見知りな澪しゃんが知らない相手としかも男とだよ、わざわざ話をしにいくのなんか勘弁してーって感じじゃない?」
「…」
確かにその通りだけど。あっさり認めるのはちょっと癪だ。
私は憮然とした表情をして視線を少し地面に向ける。
たくさんの地面に落ちた桜の花びらを踏みながら歩く私たち。
「でもさあー」
「何?」
「やっぱ澪もそろそろ、そういうのにも慣れた方がいいと思うな」
「…そう、かな」
「そうだぞー。それに澪は美人だし、きっと合コンではモテモテだな」
チラリと隣を歩く彼女を見てみると、なぜか桜ではなく反対側の方に顔を向けていた。
「そんなことないよ」
「いやいや。澪は美人だし、ちょーと凶暴だけど…ってイテ!最後まで聞けよ。根はすごく優しくていい奴だってことは、この長年付き合いのりっちゃん様が全てご承知済みだぜー」
私は彼女の言葉に内心嬉しく思いながら視線を前へ向けた。
少し先に川沿いに連なる桜の木の終わりが見えてきた。
…もうすぐ二人きりの散歩は終了する。

「だから澪がその気になれば彼氏なんてすぐに出来る、うん、間違いない」
「律だって…」
律だってその気になれば彼氏なんてすぐに出来るだろう。私よりずっとその可能性は高い。
そう思いながら足元を見ると、自然が道に敷き詰めた桜の絨毯が広がっていたが、もう少しでその絨毯もおしまいになる。
「澪ー」
「…なんだ」
「お互い彼氏が出来たら一番に報告するんだからな、絶対だぞ」
あと数歩。それでこの幻想的な場所から私たちは抜け出すのだ。
「澪?」
私は突然立ち止まった。目の前には川沿いに沿った桜並木の終着点を告げるアスファルトの道。そして不思議そうに私を見る彼女。
「…律」
「澪?」
「私、この道がすごく好きなんだ」
「へ?」
「小さい頃は春になったらいつもこの道を一人で散歩してた」
急に止まってさっきとはまったく別の話をしだした私に彼女は、ちょっと戸惑った顔をしていた。
小学生だった頃の私の願いを叶えてくれたのは目の前に立つ彼女。
一緒にここまで来て手を繋いで歩いてくれた最初の友達。
…その時のことははっきり覚えている。嬉しかった。本当に嬉しかった。

「ははーん。いきなり何の話かと思ったら。つまり彼氏が出来たらここ一緒に歩きたいってことを言いたいんだろー、澪」
高校に入る前にそんな乙女チックなこと言ってたもんなあ。
彼女は腕を組んで「そうだ、そうだ」と頷いた。
「うーん、相変わらず澪しゃんは乙女ですなあ」
「…」
高校に入る前に確かにそんな話を彼女にした。でも彼女は思い違いしている。
私は「彼氏」と歩きたいなんて一言も言った覚えはない。
「ま、その願いは大学で叶えようぜ、澪」
やっぱこりゃ二人で合コンでも行ってみる?と能天気に聞いてくる彼女。
「でも私もここ結構好きだから、彼氏とか出来たらお花見とかするのもいいかも。ま、そんなことは出来てから考えるべきだよなー」
彼女の言葉にさっきからチリチリと私の胸を襲っていた焦燥感みたいなものが消え、代わりに今度はズキズキと痛み出した。少し眩暈すら感じる。
「でも澪の夢はきっと叶うと思うぞ、うん」
なんなら私も協力するからさー。
幼い頃から変わらない屈託のない笑顔を見せる彼女。
「…そう」
私の夢。協力…してくれるんだ。本当に?
痛む胸を少しでも和らげようと手をそっと胸に当てながら、私はすぐ側にいる幼馴染に心の中でそう聞いてみた。
ひらひらと私たちの側に舞い落ちる薄紅色の桜の花びら。
「どうした、澪?そろそろ行こうぜー」
そう言って手を差し伸べた彼女の袖に、花びらが一つふわりと落ちた。

小学生の時はこの道を「友達」と一緒に歩きたいと思った。
人見知りで臆病な私に誰か手を差し伸べて、一緒に手を繋いで歩いてくれる友達。

高校に入学する前はこの道を「好きな人」と一緒に歩きたいと思った。
いつか大好きな人と一緒にこの桜を見ながら歩きたい、もしできれば手を繋ぎながら。

彼女は私の二つの願いを叶えてくれた。
無理かな、なんてちょっとあきらめて泣きそうになっていた私の前にすっと現れて、あのいつものいたずらな笑顔を浮かべながら、自然に私の手を握って歩いてくれた。
小学生の時も、高校に入学する前も、いつでも。…でも。
さっき携帯で彼女の呼び出す前に願った三つめ願いは、さすがにいつも私の願いを叶えてくれていた彼女といえども、今度ばかりは叶えてくれそうもない。
「…何でもないよ。ごめん、いきなり止まって」
私はそう言いながらも、彼女の差し出した手に自分の手を重ねはしなかった。
「もう来週にはこの桜散るだろうな」
一瞬所在なさ気に動かした右手をさりげなく下に降ろし、彼女は視線を上げて桜を見て少し残念そうにそう言った。
「散らなかったとしても、もう律は来週にはここに居ないだろ」
「あ、そっか。まあ、しょうがないか。あー、それにしても大学生活どうなるかなあ。
なあ、澪」
「さあな。それより遊ぶことばっかり考えないで、ちょっとは勉強もしろよ、律」
へーい、と素っ気ない返事を返す彼女。
私はこれから先の未来を少し不安に、でもそれ以上にとても楽しみにしている彼女を横目で見ながら、心の中だけで三つめの願いをそっとに彼女に伝えてみる。

なあ、律。
私はこの道を律と一緒に歩きたいんだ。
できればずっと、二人だけで…。

たぶんこれが最後の願い。でもこの願いはきっと叶わない。
この桜の魔法が効いているわずかな季節に、いつからか想い始めた最後の願い。
私は桜の絨毯からアスファルトの道に足を一歩踏み出した時、誰かが風に乗せて私の耳元で囁いたような気がした。

…はい、魔法はもう終了です。

end

春は新しいことが始まりそうなワクワクした季節でもあり、同じくらい切ない季節。
と思って書いてみたけど、切ない分の方が多いかも。

短編「最後の願い」を読んで頂きありがとうございました。
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テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

短編 「僅かな希望」

Category : SS短編連作(桜シリーズ )
短編です。「最後の願い」の続きのお話。

続かせる気はなかったけれど、やっぱりあれは中途半端かなと思って。
「最後の願い」と同じ桜がテーマのつもりなのに、お話の中の季節は
なぜか秋です。アハハ。
読んでやるぜーという方は下記よりどうぞ。

- 僅かな希望 -


合コンとはなんとつまらないものだろう。

大学生になってから友人たちに誘われるままに出掛け、まだ片手の指で数えられる程度にしか参加していないというのに。私は早くもそう思うようになっていた。
それでも私は今日もノコノコと誘われるままに友人たちに付いて来ていた。
きっと今日も無駄だろうな、とわかっているのに…。
それでも私はいつも「期待」していた。

「私たちN女子大の一回生でーす」
本日の会場はそこそこお洒落だな、と思わせる洋風居酒屋の個室を一つ借りきっていた。
私たちの対面に座るお相手は今日は学生ではなく、全員スーツを着ている社会人だった。
着慣れないスーツがまだ体に馴染んでいない雰囲気を醸し出した社会人一年生、といった感じだったけれど、私を誘ってくれた子が嬉しそうに教えてくれた通り、見た目もお勤め先もけっして悪くないと言えるメンツが揃っていた。
いつもの簡単な自己紹介が済めば後はフリータイム。
しばらくは席が近い者同士が話していても、一時間もたてば誰もがお目当ての相手に近寄ってさりげなく挨拶を交わして、はい、一対一の会話スタート。

「へえ、バンドしてんだ」
一番端に座っていた男が私のすぐ隣に来て、気軽な口調で話しかけた。私ももう結構慣れたもので当り障りのない話をしながら、相手に向けてにっこり笑う。
「俺も高校の時してたよ。懐かしいな」
「今はしてないんだ」
「社会人になっちまうとなかなかねえ…」
バンドをやっていた、という男と私は今まで何人か話したことがある。学生なら今もやっていて「プロ目指してる」と言う確立が高いが、これが社会人になると今話している相手と返答はほとんど同じになる。
「仕事忙しいからなあ」
ほらね。前も聞いたよ、それ。
今私の隣でジントニックを飲みながら話す男以外にも、今日来ていた相手全員と話をして、そこそこ笑顔を振りまきながらも内心では「早く終わらないかな」とか思っている私は、やはりどこか間違っているのだろう。でも何が間違っているのか。
私は最近よくわからなくなっていた。

***

「もうさ、自己紹介なんて面倒くさい限りだよ」
大体話すことなんて毎回変わりないんだからさ。テープにでも吹き込んで合コンの時、それを流せばいいんだよ。手間がはぶけていいし。
「それはどうかと思うけど…」
大学で同じ講義を取っているムギにノートを貸してもらったお礼に、大学近くの喫茶店でお茶をおごっていた私は、昨日の合コンの話をしていた。

「いやいや、もうそれで時間も節約できるしー」
「ふふふ。それで律ちゃん、今回もいい人はいなかったの?」
そう言って優雅に紅茶を飲むムギに私は「まあねー」と答えた。
「あ、でも一応言っとくと相手は皆いい感じだったし、結構合コン相手としては悪くないと思うんだ」
一緒に行った友人たちは、かなり本気で狙いを定めてたし。
「でも、律ちゃんにしてみると、この人!みたいな人がいなかった、と」
「そうなんだよねー」
私はオレンジジュースを飲みながら、昨日の合コンの愚痴だか感想だかをムギに零していた。

「…これで何回目だっけ?」
「いや、そんな言う程行ってないよ。んーと…四回目、かな?」
いや、五回目だっけ?
「…律ちゃんの話では、いつも合コンのお相手は悪くないタイプばっかりなのにね」
それでも律ちゃんのハートを射止める人はいないのね。
そう言ってムギは少し苦笑している。

ムギにはこれまで何度か合コンに行った時の話をしていた。ムギの言う通り思い出しても相手のメンバーがそれほど悪かったとも思えない。皆それなりに見た目も良くて、そこそこの大学なり会社なりに入っていて、あんまりはっきりいうと計算高く聞こえる感じもなくはないが、いわゆる将来性ありそうな男子諸君ばかりだった。
幹事役の友人の人脈にはいつも感心させられた。どこから集めてくるんだろ?

「とにかくお相手がどうとかより、つまらないものだーってのはわかったよ」
相手が誰であろうと合コンの流れは変わらない。
自己紹介の後、簡単に喋ったり皆でゲームしたりして、場が打ち解けてきたら気に入った相手に近寄って、お互いに微妙ないろいろな探りあいの入った会話をする。
「…そういうの、疲れるんだよな」
私は窓際をボゥと眺めながら溜息を吐いた。

「そうなの。でも、律ちゃんと一緒に合コンに参加していた子と前にお茶したことがあるんだけど…その子はそれが楽しいって言ってたわ」
へえ、あれがねえ。
内心一緒に行っていた友人たちの様子を思い出していた。なるほど、確かに楽しそうだったかもしれない。私だって見かけだけなら他の誰が見ても同じように楽しそうに映っているだろう。

「どちらにしろ、それならもう誘われても断った方がいいんじゃないかしら」
楽しくないんでしょう、律ちゃんは。
首を少し傾けながらそう聞いてくるムギに私は少し考えた。
そう、楽しくなんかない。…楽しいフリならいくらでもできるけど。
「そうだな…」
ムギにはそう答えたけれど、私はまた行くかもしれないと内心で思っていた。
少なくとも私はまだ「期待」していたから。

大学の講義とバンドの練習、そしてバイト。
大学生になってからの私の生活は大体この三つで埋まっていた。
講義は自分なりに真面目に出席している。あくまで自己基準では真面目だと思っているが、優等生の澪やムギからすると完璧だとは言えない出席日数だそうだ。
…まあ、単位を落とさない程度にはうまくはやっていると思う。
バンドの練習だってHTTメンバーと結構頑張って練習している。
受験生の梓とも時々スタジオで一緒に練習していた。梓は来年、私たちと同じN女子大を受験する。ライブ活動は梓が入ってから再開する予定だった。

大学の講義やバンド練習の合間をぬって、私はバイトにも精を出していた。
一人暮らしを始めたのもあって学費や生活費を親に出してもらってばかり、というのは多少気が引けたので、自分の小遣いや生活費の一部は自分で稼ごうと思ったからだ。
最初は始めてのことばかりで慣れなくて戸惑っていた私も、半年もたつ頃にはすっかり落ち着いていた。一人暮らしの気楽さも最初はちょっと寂しい気持ちになったりしたものだけど、慣れてしまえばこの解放感にも似た自由を満喫するようになった。

大学も自分で言うのもなんだけど、人付き合いがそこそこうまい私は学部を超えた友人たちがいろいろ出来て、彼女たちに誘われるままに一緒に飲みに行ったりしていた。
時間を気にせず(終電は気になるけど)遊べるというのはなかなか楽しい。
講義に出てバンドもバイトもしながら、空いた時間は遊びの時間に費やされた。
合コンもその内の一つみたいなものだ。

***

「律、おい、律」
「ん、んん…」
肩を揺さぶられて私は目が覚めた。
「こんなところで居眠りするなよ」
「ああ…」
手をあてて頭を軽く左右に振る。ああ、寝ちゃってたのか。
大学構内にある大きな木にもたれながら、少し居眠りをしてしまったようだ。

「いやー、いつの間にやら」
最近講義だけでなくバイトやら遊びやらで忙しかったから疲れたのだろう。
それにしても今日はまだ暖かい日だとはいえ、秋も深まった季節にこんな所で寝てしまうなんて。下手したら風邪を引いてしまう。気をつけなきゃ。
私は内心で反省しながら立ち上がり、うーんと背筋を伸ばした。
寝ぼけた頭が少しすっきりとする。

「澪、講義に出てたのか?」
「そう。今、終わって外へ出たら律がぐーすか寝てるのが見えたから…」
「そっか」
ヘヘと照れ笑いしながら、私は澪と話すのなんだか久しぶりだなと思っていた。
澪とは学部が違うので、講義の時間が違っていた。同じ大学に通っていても澪とは連絡を取り合わなければ、一日中構内で会わないことだってある。
「もう帰るのか」
「うん。今日はちょっと遅いから」
早く帰らないと、暗くなるから。
そう言った澪の顔はどこか不安そうだった。

澪はここから二時間以上もかかる実家からこの大学へ通っている。夏ならまだしももうすぐ冬になるこの時期になら、今から家に帰る頃には日が暮れて暗くなっているだろう。
大学生になったからといって澪の怖がりが急に直るわけもない。
「そうか。…あ、そうだ!なんなら澪、今日うちに泊まれば?」
最近はバンド練習の時くらいで、あまり澪と二人きりで話をする機会が無かった。
うちに泊まれば暗い夜道の中、家に帰る必要も無い。幸い明日は大学は休みだし。

「それに今日はバイトもないしさ。久しぶりにゆっくり話…」
「…ごめん、律」
我ながら名案を思いついたとばかりに、勢いこんで澪にそう提案したけれどあっさりと断られてしまった。
「明日、朝から用事があるから」
誘ってくれたのにごめん、律。
声の感じは申し訳なさそうなのに、澪の様子がひどく素っ気無いように私には見えた。

「…澪」
「ごめん、じゃあ…」
そそくさとその場を離れようとする澪。
しかし私はなぜか納得いかない気持ちになり、さっと彼女の手を取る。
「律?」
「あ、いや、その…今日はしょうがないけど」
なぜか今日はこのまま澪と離れるのが嫌だった。
「なら今度、今度泊まりに来てよ!」
いつにする?来週でもいいよ。澪が空いてる日になるべくあわせるよ。
たとえ今日は駄目でも、次の約束を澪としていたかった。なぜかそんな気持ちになり少し早口になって私は澪の予定を聞いてみた。いつでも良かった。たとえそのときバイトや友人との約束を入れてあったとしても、こっちを、澪との約束を優先する。

「ごめん、今まだ予定がわからなくて…」
少しも考える素振りも見せず、澪は誤魔化すようにそう言うと私の手を離そうとした。
…なぜだろう。
「なら、いつわかるんだよ」
「え?」
私は気づいていた。最近、いや大学に入ってから少しずつ澪が私を避け始めたことに。
「予定だよ。いつわかるんだ」
「それは…」
大学に入学する前は「いつでも泊まりにこいよー、澪しゃん」と私が言うと「そうさせてもらうつもりだよ」と言っていたのに。言葉に反して澪はほとんど私の家に泊まることはなかった。
家に来たのだって一、二回くらいしかない。
そりゃあお互い入学直後はバタバタと忙しい時期もあったけれど、二時間以上もかけて帰るのに苦労している澪が大変だろうと、いつも私が泊まっていけばいーじゃんと気軽に言っても、澪は少し考えながらも結局私の家に少しでも寄ることもなく帰っていった。

「…なんだよ」
「り、律?」
いつ誘ってもなぜか曖昧な返事で断ってばかりいる澪に、私は前から不思議に思っていた。
「いつも澪、なんだかんだいって遊びにこないじゃないか」
どこか腹立だしい気分になってくる。別に今日断られたからってだけでこんな気分になってるわけじゃない。きっと今までの不満が積もっていたんだ。
「ごめん、律。でも…」
「いいよ、もう」
これ以上話をするのが私は面倒くさくなってきた。

澪に背中を向けて歩き出そうとすると、今度は澪が私の手を取った。
「なんだよ、早く帰れよ」
「ちょっと待って、律」
「いいよ、用事あるんだろ。悪かったなー、無理に誘って」
不満たらたらといった感じで、澪の手を払おうと思ったとき私はあることを思い出して少しはっとなって、思わず掴まれている手の力が抜けた。
急に誘って断られてそれで怒ってるなんて、前に合コンで出会って遊びに行こうよ、としつこく誘ってきた男みたいだ、と私は思いだしていた。
なんだか軽いタイプの人でいまいちその気になれなくて、丁重に断ったのにものすごく不機嫌そうな顔をして「ちっ、お高くとまってんじゃねーよ」と悪態を吐いた男。
なんだか自分が今、そのときの相手と同じような態度を取っているのではないかと思って急に恥ずかしい気持ちになる。

「…律」
澪が悲しそうな表情で私を見ていた。
「あ、…いや、急に誘ってもな。うん、澪にも予定あるよな」
アハハと笑って私は誤魔化した。
「あー、今度予定がわかったら教えてくれよ、へへ。じゃあな」
反対の手で私の手を掴む澪の手を優しく取ってはずした。
「律、あの…」
「じゃーなー」
澪が何か言おうとしたけれど、私は陽気に手を振って彼女に背を向けて歩き出した。
私は一度も振り返らなかったし、澪も追ってはこなかった。

***

家に帰ると私は鞄を放り投げ、ベッドにそのままダイブした。
仰向けになってしばらくじっとしていたけれど、目元を覆っていた手を少し上げて私は自分の腕をボウと見つめた。さっき澪が私と止めようと掴んだ方の手を見ながら私はあんな気まずい形とはいえ、澪と触れ合ったのはとても久しぶりな気がしていた。
ふと、私は今年の春に彼女と一緒に歩いた桜並木の道を思い出す。
子供の頃からいつも二人で見に行った場所。
鮮やかな桜の絨毯。幻想的な桜の通り道。
「澪のお気に入りの場所…」
小学生の時も、中学生の時も、高校生の時も…。
私たちはあの道を二人して手を繋いで歩いた。
あの桜の道を歩くときはいつも私と澪の二人だけだった。

大学に入る直前、澪に携帯で呼び出されていつも通り二人で桜のアーチを潜り抜けた。
わずかに吹く風が澪の長い黒髪と、桜の花びらをふわふわと揺らしていた。

綺麗だった。澪の後ろに見える桜と…澪が。

あまりにも綺麗だったから…私は少しだけ目を逸らした。
僅かな期間で散ってしまう花と、幼馴染の親友から。

桜の通り道があと少しで終わるというとき、私は彼女に手を差し伸べた。不意に足を止めて静かに桜を見つめる彼女を不思議に思いながら。
いつもなら、彼女は私の手を握ってまた歩き始めるだろうと思っていた。
でもそのときは違った。澪は手を差し出さず、そのまま私の隣に来てまた一緒に歩き出した。
私はそのときは何も言わなかったけれど、本当はとても寂しい気持ちが胸を襲っていた。
「あの時は澪に大学生になったら合コンするのかな、なんて能天気な話してたっけ…」
澪が見知らぬ男との合コンに参加するとはとても思えなかったが、とりあえず一度くらい参加してみればーなんて私は気軽に言ったものだ。
「…馬鹿だな、私」
予想通りというか、澪は今だ合コンに一度も参加しなかった。誘われてもお断りするのみ。
かたや私は希望通り合コンを数回経験して早くもうんざり…。

それでも私はまた誘われたらきっと参加してしまうだろう。
この間ムギには曖昧に答えたけれど、私にとってはさして楽しくもなくて、ワンパターンで…そして空しさだけが募る「合コン」なるものに。
私はまだ期待しているのだ。
これからの幾多の出会いの中で「澪より好きになれる相手」に出会うことを。
この広い世界の中で一人くらいそんな男がいたっていいはずだ、そうだろう。
「でないとおかしーしー」
そう呟いた後、私は枕に顔を埋めた。

だって私は女で、澪も女だ。
澪は幼馴染で、一番の親友。それだけ、それでも…。
女子高という狭い世界でならまだしも、いや、今だって女子大だけどさ。
それでも合コンもしている花の女子大生。出会いは一杯あるんだ。
なのに今まで澪以上に一緒にいたいと思える男に出会えないなんておかしいだろ!
そんなの、そんなの間違ってるよ…。

私が一人暮らしで誰も叱る人が居ないのをいいことに、夜遅くまで飲み歩いたり、能天気に合コンに参加するのを澪は良いようには思っていないのはわかってた。最初は澪も私によく注意していたものだ。でも一向に変えようとしない私にいつしか彼女は何も言わなくなっていた。
澪の忠告をちっとも聞かないくせに。いつも他の友人たちと遊び歩いているくせに。
私がうちに誘っても断ってばかりいる彼女を見ると私は悲しかった、寂しかった。
でも本当はその方がいいのだ。私にも、澪にも。
私が他に好きな人ができれば、その人一途になって合コンなんてすぐに止めてやる。
「普通」になったら友達は…澪と、HTTのメンバーだけでも構わない。
別に今の大学の友人たちが嫌いなわけじゃないけど、そんなことを思ってしまう私は嫌な奴だな、と自嘲気味に笑う。けどそう思ってしまうんだ。

「大丈夫、絶対一人くらいはいるさ…」
だから私は期待する、僅かな希望を持ち続ける。
でないとなんだかおかしなことになりそうな気がして、怖くて仕方ないから。

大丈夫、大丈夫。

枕に顔を埋めながら私は一人そう呟いていた。
なのに頭の中ではずっとさっき見た澪の悲しそうな顔が浮かんで、どうしても消えてくれなかった。

end

…なんか、短編っていう長さじゃないですねえ。
大学生になった律ちゃんは、いかにも女子大生らしく勉強や趣味、そして素敵な出会いを期待して友達に誘われるまま合コンしたりと、大学生活をエンジョイしてまーす…といった感じに振舞ってます。でも心はまだあの桜の世界に置いてきてしまって…みたいなお話を書きたかったので書きやした。でもまたなんか中途半端な終わり方に…。

短編「僅かな希望」を読んで頂きありがとうございました。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

短編 「いつか来るその日」

Category : SS短編連作(桜シリーズ )
短編です。桜がテーマのシリーズ物。
「僅かな希望」の続きのお話。
読んでやるぜーという方は下記よりどうぞ。

- いつか来るその日 -


大学内のカフェで私は窓際の席で一人、紅茶を飲んでいた。
季節はまだ秋と言っていいのに、今日はもうすでに冬が到来したかのような寒い日だった。
昨日まではまだ少し暖かかったのに。隣の椅子に置いたコートと、朝出るとき少し悩んだマフラーを持ってきたのはどうやら正解だったみたい。
窓から映る木々が風に吹かれて揺れているのを見て私はそう思っていた。
少し風のために震える窓から視線をテーブルに移し、私は目の前のいくつかのパンフレットを見た。この間からなんとなく気になっていたそれを今日は読んでみようと思っていたのだ。

今日の講義はもう終わっていて、後は家に帰るだけなのだけど。
ここから二時間以上かかる家に帰るときは、いつだってほんの少し気合みたいなものが必要だった。その気合なるものを充電すべく、こうやってカフェで講義の疲れをまったりと紅茶を飲んで癒している。
温かい紅茶で体を少しでも温めてから帰ろう、そう思ってもう三十分は経っている。
木々を揺らす風が寒々しくて、私の足を重くしているのだ。
唯や律のように大学近くに私も一人暮らしでもすればいいのかもしれない。しかしそれは無理な話だった。両親は女の子が一人で暮らすのを反対していたし、私自身もあまり自信が無かった。
それは料理とか洗濯とかそういった家事の問題ではなくて、怖がりな私が夜中一人だけで部屋に居られるかとか、何かしらの勧誘とかが家に来た場合一人で対応できるかとか、そういった事に対処できる自信が私にはまるでなかったから。

「たまには律ちゃんのお家に泊めてもらったら?」
ママがそんなことを言ったのは、いつの頃だっけ。
前に一度疲れた顔をしながら帰ってきた私を見て、ママは心配そうにそう言ってくれた。
一人暮らしは反対しているけれど、小さい頃からよく知っている私の幼馴染の家に泊まることには両親は反対していなかった。
律自身も会う度に誘って来てくれている。
「いつでも来いよー」と幼い頃から私が良く知っているいつものあの笑顔で。
両親も律も、誰も私が彼女の家に行くことに反対などしていないのに。
大学に入学してから私はまだ一、二度しか律の住むマンションに行っていないし、ましてや泊まったことなど一度もなかった。
律の家に遊びに行きたくないわけではなかった。…ただ行けなかっただけ。

「澪ちゃん」
「ムギ」
そろそろ帰ろうかな、と思ったときムギがカフェに入って来た。ムギは窓から私が座っているのを見てカフェに入ったのだそうだ。
私の向かいの席に「座っていい」と確認してきたムギに「もちろん」と私は答えた。
「時間はまだ大丈夫、澪ちゃん?」
「うん。今日は午後の講義は一つだけだったから」
まだ日が沈むには時間がある。だからこうやってここでまったりしていたわけだけど。
私と同じ紅茶を頼んだムギとしばらく雑談を始める。ムギとはバンドの練習のある日にはもちろん会えるけれど、取っている講義は違うので教室で会うことは少なかった。
唯とはたまに一緒になって授業を受けることもあるけれど、ムギと律にはあまり授業で会ったことはない。
「澪ちゃん、それ」
「あ、ああ、これ」
ムギが来たのでテーブルからどけて、隣の椅子にとりあえず置いていたパンフレットをムギに見つけられてしまった。
「ちょっと、興味を持って…」
「へえ、そうなの」
「あ、ムギも見る?」
「それじゃあ」
ムギにパンフレットの中からいくつか選んで渡す。
「澪ちゃん、どこかへ留学するつもりなの?」
「あ、えと、そんな深く考えてるわけじゃないんだけど…」
それでもムギがそう思うのも無理は無かった。ムギに渡したそれはは全て「海外留学案内」のパンフレットだから。
アメリカ、イギリス、オーストラリア。それぞれの留学先のパンフレット。

「そう。でも実は私も留学しようかと思ってたの」
「え、そうなのか?」
「ええ」
お父さんの薦めもあって一度してみようかなあ、って。
「へえ」
そういえばこの女子大を薦めたのも確かお父さんがってムギは言ってたっけ。
「いいんじゃないかな。ムギは海外行きなれてるし」
「それとはまた別かもしれないけど…」
「そうなの?でもムギが行くなら私も一緒についていこうかな」
なんてね、と冗談のつもりで私が言ってみるとムギはとても嬉しそうな顔をしていた。
「それいいわね。一人より楽しいもの」
「い、いや冗談だよ。ムギ」
なんせ私は語学を勉強したいからとか、そういうちゃんとした理由で留学しようかなんて思ってパンフレットを取ってみたわけじゃなかったから。
「そう、残念だわ。あ、それより澪ちゃん。今度の練習のこと、律ちゃんに何か聞いてる?」
「え、べ、別に何も」
突然律の名前を出されてほんの少し心臓が跳ねたけれど、私はそれを表情に出さないように努めた。
「そう。最近はなかなか皆のスケジュールが合わないのよね…」
そう言って少し寂しそうな表情をするムギと同様、私自身も最近あまり皆と音を合わせていない事を残念に思っていた。

大学に入学してからも梓を含む私たちHTTメンバーでスタジオを借りて練習していたし、夏にはライブも何度かこなした。
だけど冬も近づいた今、梓はもう受験勉強真っ只中だし、律も唯も最近は生活費を賄うためのバイトに追われているようだった。ムギも家の関係で忙しそうであり、私はといえば平日は大学の講義が終われば早めに帰らないと行けないこともあって時間が取りにくかった。
夏の頃に比べてHTTの練習は減っていた。それに本格的なライブ活動は梓が来年大学に入学してから再開しよう、と少し前に皆で決めたこともあった。それでも梓は仕方ないとしても、四人だけでもたまには練習しようと言っていたのだけど。
「律ちゃんも唯ちゃんもバイト頑張ってるもんね」
「そうだな」
「ふふ。それでも律ちゃん、皆からコンパやパーティーに誘われたら時間がある限りほとんど参加してるみたいね」
そっちの方も頑張ってるみたいね。

私はムギが少しだけ冷やかし気味にではあったけれど、ニコニコとしながらそう言うのを聞いた瞬間、心臓の奥に何か氷の塊のようなものが落ちた気がした。
「そうなんだ…」
私は何とか平静を装いながら答えた。
「そう。でもね、この間ノートを貸してあげたお礼にお茶をおごってもらったんだけど、その時律ちゃんぼやいてたの。合コンでイチイチ自己紹介なんて面倒くさいって」
テープにでも吹き込んでおけばいいんだって。
その時のことを思い出しているのかクスクスと笑うムギ。
私はムギの話を聴きながらも、視線は目の前のパンフレットに向けていた。
留学先の美しい景色や綺麗なキャンパスの写真が私の目に映る。
「合コンなんてつまらない、とも言ってたかしら」
「へ、へえ」
少し私は顔を上げてムギを見た。紅茶を優雅に飲むムギの姿は高校時代より少し大人っぽくなったような気がする。
「残念だけど律ちゃんのハートを射止めてくれる人は今のところまだいないみたい」
「…アハハ。あの律を射止める人なんて、ど、どんだけ物好きで変わってる人だかわからないぞ、ムギ」
おちゃらけたように私は笑ってそう言った。
「ハハ。それにしても、つまらないって思ってるんなら行かなきゃいいのに」
律は本当にそう思っているんだろうか。
「ええ、私もそう言ったんだけど。ああ、そういえば」
いつも友達が揃えてくれる合コン相手は悪くない人ばかりなんだって、律ちゃん言ってたわ。
「…」
「きっとこれからの出会いにまだ期待しているのかもね、律ちゃん」
「…そう」
せっかく一度上げた顔をまた私は俯かせる。
ムギと話始めてから聞こえなくなっていた窓の外から響く風の音がまた私の耳に入ってきた。
「律ちゃん頑張ってるし、素敵な人と出会えればいいけど」
私の目の前に居るムギの声もどこか遠くで聞こえてくるような気がするのはなぜだろう。
「ふふ。もちろん律ちゃんに言わせると花の女子大生である私たちも、なんでしょうけど」
ムギは手を頬にあててちょっと考え込むようにしながらそう言った。
「…アハハ、そうだな」
私は適当に相槌を打つので精一杯だった。

二度目の電車の乗り換えは今日は珍しくスムーズに行った。
少し疲れていた私は空いている席に体をうずめるように座って一つ溜息を吐いた。
電車の揺れに体を委ねて目を閉じた私は、ついさっきムギが言った言葉を思い出していた。

これからの出会いにまだ期待しているのかもね。

…そうなのだろうと私も思う。
元々社交的な律は大学に入学するとすぐに持ち前の人付き合いの良さを活かしてたくさんの友人を作った。その友人たちからすぐに合コンやコンパなるものに誘われるようになり、律は誘われれば躊躇せずホイホイと参加していた。
大学に入学する前に律が期待していたことがあっさりとかなったわけだ。
律ほど友人関係が広がらなかった私でも、最初の頃は何度か律と同じように誘われたことがあったけれどいつも断っていたので、最近では誰も私を誘ってこなくなっていた。
私としてはそれはありがたいことだった。毎回断るのも疲れるものだから。
それにしてもムギの言った通り、律は本当に面倒くさくてつまらないと思っているのに、それでも誘われれば今でもやっぱり参加しているのだろうか。
もし本当にそう思っているなら何もそこまでして…。そこまでして、何だろう。考えたくはないけれど、考えるもの嫌だけど。
律はそこまでしても…。

私は電車の窓から見える夕日の眩しさに目を細めながら、鞄から「留学案内」のパンフレットを取り出した。パラパラと開いたページの内容は頭の中に入ってはこなかったけれど、私はぼんやりとそれを眺める。
さっきムギと話をしていたときも思ったが、別に私は語学の習得などの何かしらの向学心に燃えて留学したいと思ったわけでは全然なかった。真面目に勉強するために留学したいと思っている人に申し訳ないくらい別の理由で、このパンフレットを手に取ったのだ。
これは私にとって保険みたいなものだった。
いつか、…いつかきっと起こりうるであろう出来事に対してどこか逃げる場所が欲しかったのだ。唯やムギ、梓たちといった大事な仲間からも離れて。そして幼馴染で親友の彼女からも遠く離れて逃げ出す場所が。
そんな日は来て欲しくなかった。
けれどそれはもう、時間の問題のような気が最近ではしていた。

いつのまにか電車は乗り換えの駅に着いて、私はパンフレットを持ったまま無意識に立ち上がった。このパンフレットに紹介される場所に行くなんて、夜道が怖くて大学からいつも早めに帰ろうとする私にはありえないような気がする。それでも私はパンフレットから目が離せなかった。いつか来るその日のために準備しておくに越したことはない。
三度目の乗り換えはうまくいかず、私は駅のホームで十分ほど待たされることになった。
その間も私は我ながら空虚な心持ちといった感じでパンフレットを読んでいた。

ムギとお茶をしてからしばらくたったある日。
私は同じ講義を取っている唯に教室で会って隣同士に並んで授業を受けた。
授業の後で二人して食堂でランチを食べていたとき、不意に唯が少しニヤけた顔で私に聞いてきた。
「ねえ、ねえ、澪ちゃん聞いた?」
「え、何を?」
「あれ、澪ちゃんもりっちゃんから聞いてない?」
照れてるのかな~、りっちゃん。
少し照れ笑い気味にそう言った唯を私は訳もわからず見つめていた。
「律がどうかしたのか、唯」
「あ、私もね。友達から聞いたからまだりっちゃん本人から聞いたわけじゃないんだけど…」

りっちゃんとうとう彼氏できたみたいだよ。

「…え」
それは前からわかっていた、いつかきっと起こりうるであろう出来事。
なのに唯の言葉を聞いた私の体は少し震え始める。呼吸もなんだか浅く短くなってきた気がする。
「あのね、その友達に聞いたんだけど」
唯は私の様子には気づかず、話を続けていく。
前からりっちゃん、何度か告白はされてたんだけどいつも断ってばっかりだったんだって。
「いつももったいないってその子は言ってたらしいけど。そのりっちゃんを落としちゃった人がとうとう現れたんだねー。おめでたいねえ」
唯が楽しそうにそう言っても私は何も答えられなかった。
どれだけ誘われても彼女の部屋に泊まるどころか遊びにすら行かないようにして必死に逃げていても、事実は別の方法で私の耳に入ってくる。
そんなのわかっていたことなのに。今さらながらに私はそう思う。当たり前なのだ。
それでも私は律本人からさっき唯が私に教えてくれた言葉をどうしても聞きたくなかった。
だからずっと逃げていた。行きたくても、行けなかった…。
私はもうすっかり食欲を失ない、フォークを持った左手の力抜けていくようだった。

「今度どんな人か聞いてみないと…澪ちゃん?」
急な私の変化に気づいた唯は少し驚いているように私の名前を呼んだ。
「唯、私なんだかちょっと気分が…」
「え、大丈夫?」
「う、うん。ちょっと今朝は朝から風邪気味だったんだ…」
私は今日は午後の講義もないし、先に帰るよ。
咄嗟になんとか嘘ついて誤魔化し、少し笑って唯にそう言うと私はトレイを持って立ち上がった。
「だ、大丈夫?途中まで送るよ」
「平気だよ」
まだ半分も食べていないスパゲッティをトレイの返却口に置いて、私はそそくさと食堂を出て行こうとした。
「澪ちゃん」
唯が心配そうに私に側に駆け寄ってくれた。
「ごめんな、唯。まだ食事の途中なのに」
そんな唯に申し訳ないと思いながらも私は一刻も早く一人になりたかった。それに下手にこのまま大学に残って今、律と偶然にでも会うのだけはなんとしても避けたかった。
「本当に大丈夫?」
「うん、じゃあ帰るね。心配かけてごめん」
唯は途中まで付き添ってくれたが、私は彼女を振り切るように校舎から出た。
足早に歩きながらさっきから私の頭の中に浮かんで離れないのは、食堂で心配そうに私を見ていた唯でも、この間カフェで話をしたムギでも、ましてや律でもなかった。
他の誰でもというか人ではなく、この間見ていたパンフレットの写真。外国の綺麗な風景とキャンパス。

そしてそれとはなぜか別に思い浮かべるのは私のお気に入りの場所。
美しい薄紅色の花びらが舞う中、彼女と歩いたあの桜の通り道。

でも今はもう冬近くで、私が今歩いている大学の中にある木はすべて紅葉の時期も過ぎて、ただ冷たい風の中で寒々しく舞う枯れた葉っぱばかりなのに。
パンフレットの写真はともかく、なぜこんな寒い日にあの桜の風景を思い出すのだろう。
泣きそうになるのをひたすら堪えながら、私はその風景を思い浮かべながらこのままどこかに逃げてしまいたいという思いが体のどこからか湧き起こってくる。
その思いが胸の中を締めつけるように一杯になっていくのを、私はただ黙って耐えていた。

いつか来るその日。

それはこの間思ったよりずっと早く私にやってきたのだ。

end

…ああ、なんだかお話がだんだん長くなってきましたよ。
最初はそんなに続ける気はなかったのですが。
次で終われるだろうか。ワカンネ。もういけるとこまでいくぜー。
長くなるならカテゴリをそろそろ分けた方がいいかな、と考えてます。

短編「いつか来るその日」を読んで頂きありがとうございました。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

短編 「クーリングオフ」

Category : SS短編連作(桜シリーズ )
短編です。桜がテーマのシリーズ物。
「いつか来るその日」の続きのお話。
読んでやるぜーという方は下記よりどうぞ。

- クーリングオフ -


クーリングオフとは、一定期間、説明不要で無条件で申込みの撤回または契約を解除できる法制度である。(ウィ○ペ○ィア)

最近覚えたインターネットで調べてみるとそう書かれていた。
「一定期間で申し込みの撤回、解除ができる」
それは確かに私が彼と最初に交わした会話の一つだった。
しかしもっと調べてみるとクーリングオフにはいろいろ問題が起こっていて、時には裁判沙汰とかにもなっているとも書かれてあった。なるほど、裁判沙汰ね…。
私は「ふむふむ」とノートパソコンの前で納得したように小さく頷きながらも、実は大して真面目に読んでいるわけではなかった。他にすることがないので暇だからちょっと調べてみただけ。
それもすぐに飽きてきて私は一つ溜息を吐くと共にパソコンを閉じた。

大学に入学して以来講義やバイト、さらにバンド練習から友人たちとの付き合いでパーティーやコンパに参加して日々忙しく過ごしていた私だったが、とあるアクシデントによって突然全てが一旦止まってしまいかなり暇を持て余していた。

右上腕骨骨幹部骨折。

つい先日階段から落ちて病院にいった私に先生が言った怪我の名前。
多分こんな名前だったと思うけど。それにしてもどうして病名とか怪我の名前って長くて漢字が一杯並んでしまうんだろう?もっと分かりやすい名前にしてくれればいいのに。
そんな事を考えながら私は自分の利き手を見る。
「はぁ…」
過去の自分の軽々しい行動を示す戒めのようにがっちりと固定されているそれを見て、私はまたもや大きな溜息を一つ零した。

電話の向こうで話す大学の友人は少し興奮気味だった。
「ええ、ああ、本当に違うから。そう。いやいや、だから別にそんなんじゃないから…」
勢い込んで話をしている友人に私は何度も彼女の想像しているような事とは違うから、と説明するのに大変だった。
この腕を怪我したとき、先日別れたばかりの彼が近くに居たので、別れ話の際に相手と喧嘩になってそれで出来た怪我ではないかと大学の友人たちが誤解しているのだった。
「いや、本当に違うから。これはたまたま私の不注意でなってしまった怪我で。…うん、うん。うん、そう。彼は関係ないから」
いわゆる相手の暴力で怪我させられたんじゃないか、と思っている友人たちは皆怒り気味だった。でもそれは完全な誤解だ。
「もう一度言うけど本当に誤解だから。これはさ、私が不注意で階段から落ちちゃっただけなんだぜー、アハハ」
私を心配して電話をかけてきてくれた友人に安心させるため笑ってそう説明した。

「え?…ああ、大丈夫、大丈夫。そんなに大したことはなくてさ。一ヶ月もしない内にギブスも取れるって言われたし。…え、ご飯とか?だーいじょうぶだってー」
友人が心配してくれたように確かに利き手をギブスで固められた今の私はかなり不便な生活を強いられていた。
それでも一ヶ月くらいの我慢だし、ご飯はコンビニでもファミレスでも何でもあるし(ちょっと食べにくいけど…)。掃除とかは…まあ一ヶ月くらい部屋が汚れても死にはしないだろう。それくらいの気持ちで開き直っていた。
それよりもバイトもドラムの練習もできないのは辛い。大学の講義には出れるけれどノートとかはコピーさせてもらわなくちゃ、ってこれは別に怪我してなくても前からそうだけど。
ただレポートが書けないのはちょっとなあ…。ま、まあ何とかなるさ。

「そ、だから何とかなるよ。…実家?いやー、通学するの大変だからさあ」
家に帰ることも考えたけどやっぱりそれは止めた。帰ればそりゃ食事とかは母さんに頼めるけど。実家から大学に通うのも大変だし、何よりこの怪我のことを根堀り葉堀り聞かれるのはごめんだ。もしそれで「やっぱり一人暮らしなんて今すぐ止めなさい!」なんて言われたらやぶへびだしー。

「うん。…だから皆にも心配しないでよって伝えてよ。あ、それとさっきの。そう、彼は関係ないから、全然」
本当にそうなのだ。むしろ階段から落ちた私を見て、驚き慌てふためきながらも病院まで車で連れて行ってくれたのは彼なのだ。
そんな彼に悪い噂が立ってしまうのは申し訳なかった。まあ、確かに怪我する直前までちょっとは話してましたよ。別れ話…ではないけれど。
「うん、…じゃあなー」
携帯の電話を切った後、私は小さく一つ溜息を吐いた。
テーブルに携帯を置き、反射的にいつもようにベッドの上に体を投げ出そうとしてぎこちなく体を止める。右手をかばうように静かに仰向けに寝ながら私はなぜこんな事になったんだっけ、と白い塊のようなギブスに触れながらぼんやりと思い出していた。

冬前に誘われて行ったコンパ。
その頃の私はこのコンパやパーティーとかの集まりにほとほと飽きていた。
本音を言えば最初からそうであったのだけど。でも今はもう耐えがたくすらなってきていた。
そんな訳で今後は誘われても適当な口実を作って断ろうと私は内心でそう決意をしていた。
こんな事をしてても他に好きな人が出来るとは思えない、と大学から入学して半年以上もたってようやく理解した。
無駄な経験とは言わないが、もう充分といった感じだった。
そんな風に思っていたとき、前にも別のパーティーかなにかで一度会ったことのある相手と私は話す機会があった。前に話をしたときも別に悪い印象を受けなかったしそこそこに楽しく話せたと思う、表面的には。
その日の私はもうすっかり情熱冷めた感があってわざわざ席を立って別の人と話す気力もなく、同じ席で一人ずっとお酒飲んでいた。そんなやる気のない私のたまたま隣に座っていたのが彼だった。
最初は彼とどんな話したか。実はあまり覚えていない。
ただ彼が言った「クーリングオフも受け付けるよ」と言った台詞は今だ忘れない。

行動の制限をされる身となった今では、出来ることは知れていた。TVを見るとか本を読むとか、今さっきしていたみたいにネットを見てだらだら過ごすとか、それくらい。
さっきまで慣れないネットサーフィンで時間を潰していた私の耳にドアが開く音が聞こえてきた。あ、帰ってきた。
私は留守にしていた主人を待っていた犬のごとくベットから起き上がり玄関へと向かう。
「おかえり」
「ただいま。遅くなってごめん」
そう言って靴を脱いで部屋に上がってきた彼女は、暖かそうなダウン着込み手袋をつけた手には大きな買い物袋を持っていた。
「お腹減ってないか?」と聞いてくる彼女に私は即座に「減った!」と答える。
「やれやれ。今すぐ作るからちょっと我慢しろ」
「おおー、でも早く頼むぜー」
「ちょっとは遠慮しろ…」
少し呆れた顔をしながらも、彼女は私が住むこの1LDKマンションの小さなキッチンに向かう。
買い物袋から買ってきた食材を冷蔵庫に入れる彼女の姿を私は少しぼうっと眺めていた。
「…なんだ、律。そんなにお腹減っているのか?」
「へ?…あ、いや違う、いやそうなんだ。待ちきれないな、ハハ」
「いくらなんでもすぐには出来ないよ。TVでも見てたら」
「う、うん…」
私は言われるままTVを付ける。そのままTVを見るフリをしながら視線は時々キッチンの方へ向ける。今キッチンで私の夕食を作ってくれているのは以前から何度誘っても私の家に遊びに来ることはなかった澪だ。
その澪が私の部屋でごく当たり前のように料理をしているのが、私にはとても不思議なものに思えるのだ。

怪我したばかりの頃は、大学の友人や唯たちに「大丈夫、大丈夫」とお気楽に言っていた私だけど。右手一本使えないとはこれ程不便なものなのか、と私は健康への有り難味を早々と感じるようになっていた。それでも愚痴を言っても仕方ない。料理は出来合いのものでいいし、掃除や洗濯は…片手でなんとかやるか、とそう思っていた。
しかし右腕が使えないために不便を強いられると思っていた生活は、澪が私の家に居てずっと世話をしてくれるという、予想もしなかった理由で私は何一つ困ることなく過ごせていた。

澪は私が怪我をしたとの知らせを聞くとすぐにこのマンションに来てくれた。
そして私の右手のギブスを見ると澪はすぐに泣きそうな表情になったので慌てて「大丈夫」と言おうとする前に「このバカ!」と言って私の頭上に鉄拳を落とした日からずっと。
澪は私の世話をしてくれていた。

料理や炊事、洗濯といった家事全般だけなく、私と同じ講義を取っている友人からノートを借りてコピーしてくれたりと。
最初は澪は大学の講義が午前中だけの時は、早めに私の家に来て家事をある程度こなしてから帰り、講義が遅いときは仕方なく私の家に泊まっていくといった感じだった。
しかしそれが今ではもうほとんど一緒に暮らしてますってくらいに澪は毎日私の家に泊まって甲斐甲斐しく(と言ってもおかしくないくらい)私の生活全般をサポートしてくれている。
大学もここから通うようになり、部屋には澪の私物が日が経つにつれ段々と増えていった。

澪が私の部屋でご飯を作ってくれたり、服を着替えるのを手伝ってくれたりといろいろ世話してくれるのは、こそばゆい感じがして恥ずかしさもあるけれど、私は内心とても嬉しかった。
それに高校の時みたいにいつもどちらかの家で二人一緒に部屋でくつろぎながら、澪と他愛もない話ができるようになったのも嬉しい。
ついこの間までは二人きりではほとんど話をすることだってなかったのに。
バンドの練習だって最近は皆の予定が合わずなかなかできなかったから、澪と会う回数も減っていたので尚更だ。
しかし嬉しい、と思う反面申し訳なさも募る。
私が怪我をしなければ澪にこんな迷惑をかけることもなかった。
澪が自分の事だけでなく、私の面倒までみるのは毎日大変だろうと思って前に「悪いからもういいよ」と何度か遠慮してそう言ってみても、「そんな手で何が出来るんだ、律」と言って結局澪は私の世話を止めようとはしなかった。

そんな風にして澪が私の部屋に泊まるようになってからそろそろ一ヶ月が経とうとしていた頃。
「律」
「ん、何?」
私は左手でも何とか使えるスプーンで、澪が作ってくれたカレーを食べていた。
「…そろそろ、それ取れるんじゃないか」
澪が指を示すのは私の右手を固定するギブス。
「ああ。次に病院行ったら取れる予定だけど」
「そうか…」
良かったな、と言って澪は私と同じようにカレーを食べる。
「…うん、そうだな」
私は口ではそう言っても内心ちっとも良いとは思っていなかった。
このギブスが取れて、右手の自由が回復したらもう澪は家に帰ってしまうだろうか。
その疑問はずっと前から思っていたことだった。
「ああー、でもギブスが取れてもしばらくは右手を動かすのは慎重にしないといけないって、お医者さんが…」
「そうか。大変だな」
「そうだぞー、なんせそれはもうポキッといい音立てて折れちゃった骨がー」
「ヒイイー。や、やめろー!」
痛い話が大嫌いな澪は、両手を耳に当て目を閉じていつもの呪文のような言葉をぶつぶつ呟いている。ミエナイキコエナイミエナイキコエナイ。
「あはは。悪い、悪い。もう大丈夫だからさ」
涙目の彼女にそう言って謝る。しばらくして立ち直った澪は気を取り直したのか、またカレーを食べ始めた。
「と、とにかくもうちょっとー、澪しゃんのお世話になろうかなあーなんて思ってたり…」
うう。さすがに厚かましいだろうか、と思いつつもそれは私の本音だった。もっと言えば世話なんてしてくれなくていいから…。
「まあ、怪我が治るまではな」
「…」
やっぱりこの怪我が治るまでなんだな…。
「ははは。頼むぜー、澪しゃん」
内心の落ち込みに気づかれないようにおちゃらけた感じでそう言う私に澪は「はいはい」と素っ気無く答えた。

深夜。
その日私はなんとなく寝付けなくて、ボゥと天井を眺めていた。
左手で右手のギブスを無意識に触りながら、これもうちょっと治療伸びね?とか思ったりする。いや、もしくはもう一回階段から落ちるとか…。
「ハッ。バカか、私は」
そんな訳にはいかないことはわかってるんだけど。
私はチラリと顔を横に向けてベットの下で布団を敷いて眠る澪を見てみる。大学生になってとても大人っぽくなって前よりもっと綺麗になった私の幼馴染。
澪だけじゃない、ムギや唯だってそうだ。皆それぞれ少しずつ高校時代の彼女たちとは変わってきている。

いつまでも変わらないのは私だけではないだろうか。

去年の春に舞い散る桜の花びらの中で微笑みながら歩いていた澪の姿に見蕩れて、どうしようもない気持ちになったあの頃の、高校生のまま…。
暗い部屋の中、私は自嘲気味にそう思ってしまう。
自分なりに新しい生活を楽しみながら変わっていこうと講義やバイトにバンドに、それに…コンパや合コンに参加してみたのだけれど。
「ちっとも変わらないような気がする」
静かな部屋の中で私は小声でそう呟いた。

新しい勉強、新しい人たちとの出会い。そして初めて人と「お付き合い」なるものをしたこと。
それらの出来事は人として成長する上でとても大事なことなんだろうけど、私を何一つ変えてくれたようには思えなかった。
「…まあ、これは他力本願ってやつかもしれないけど」
そう言って内心反省しつつも、大学に入ってからこれまで出会った友人や、合コンなんかで知り合った人たちを何となく思い出していく内に、私はたった数ヶ月付き合ってすぐに別れた彼と最初にあったときのことをぼんやりと思い返していた。

「クーリングオフ?」
「うん。お試し期間だよ。ちょっと付き合ってみてさ、お互いを良く知るってこと」
さして気の乗らないコンパで、私の隣でずっと話しかけてきていた彼は実に気軽な調子でそう言ってきた。
それで駄目なら別れる。うまくいきそうならそのまま付き合う。
どうかな?と無邪気そうに聞いてくる彼に私は少し笑ってしまった。

今まで誰と会っても少しも彼氏や恋人的な意味で好意を持った人は一人もいなかった。
悲しいかな誰にも心ときめく、なんて事は無かったし今も無い。
もちろん軽い好意は誰に対しても感じたりはしたけれど、あくまでそれだけだった。
恋に発展することは自分でも笑ってしまうくらい無かった。

しかし、あんな短い時間少し話をしたくらいで相手の何がわかるというのだ、田井中律よ。
と、自分で自分に問いかけてみる。
もう少し柔軟にちょっとくらい悪い感じを受けなかった人とお茶するなり遊びに行くなりしなければ、私がその人に好意を持てるかなんてわからないじゃないか。
我ながら実に向いてないと思うけど彼がお気軽な提案をした時、私はそう理屈っぽく考え始めていた頃だった。だからといって「じゃあとにかく誰でもいいからまあ付き合ってみるかー」なんて気持ちには当然だがなれなかったけど。
いくらなんでもそんな気持ちで人と付き合うのは良くないだろうって事ぐらい私だって分かっていた。一応私に好意を持って交際を申し込んできた相手に、それはちょっと失礼だろう。
しかし今隣に座っている相手は私が考えてもみなかった「お試し期間」なるものを提案してきたのだ。
別にその時、私は彼のその能天気な提案に「それは素晴らしいね!」なんて思ったわけではこれっぽっちもなかった。それどころか最初は何言ってんだ、この人と呆れたくらいだ。
だけどしばらくすると私はその案を検討し始めた。

とりあえず一、二ヶ月付き合ってみてさ。で、お互い考えてみようよ、とも彼は言った。
彼の軽くて深みのないお誘いに私はなぜか(今考えてもその時何を血迷ってか)つい承諾してしまったのだ。どこか適当でい加減な気持ちだったことは否定できない。
しかしちょっと言い訳させていただけるなら。
その時の私はあと一ヶ月もしない内にクリスマスがやってくるので、それを見越してこの人は「只今クリスマスに対応してくる彼女大募集中」のつもりで軽く誘ってきているのだろうと思っていた。今から一~二ヶ月、つまり冬のイベントを適当な女の子でいいので(って言ったら自分でむなしいけど)男一人寂しく過ごしたくない一心なんだろう、そう結論づけてしまったのだ。

本当失礼もいいトコだ。ええ、わかってます。只今大反省中です。
そんな気軽な提案をしてくるくらいだから結構いい加減な人で軽いタイプなんだろう、と思ってしまった。そしてそれは大きな間違いだったことに後になって私は気づくことになる。
この右手の怪我と引き換えに。

「う、うーん」
過去を思い返していた私は、隣から突然聞こえてきた声にビクっと体を震わせた。
澪は寝返りを打っただけで別に起きたわけじゃないようだ。
またすぐに静かな寝息が聞こえてきた。
彼女の寝息を聞きながら私は今度はここ数週間のことを思い出してみる。
右手を怪我してからずっと、私の世話を文句一つ言わずしてくれた澪。その間彼女は私の恋愛沙汰については何一つ聞いてはこなかった。そしてこの腕の怪我の理由も。
唯やムギが知っているのだから澪だって間違いなく私が数ヶ月間だけとはいえ、彼氏が居たことを知っているはずなのに。そしてもう別れたことも。
なぜだろう。なぜ澪は何も聞いてこないんだろう。
私の恋愛事情なんて少しも気にならないのかな。

澪が聞かないから私もあえて話はしなかった。
第一話すわけにもいかない。ちょっとした軽い気持ちでうまくいかなかったらすぐにクーリングオフするつもりでしたー、なんてさ。
そんなこと言ったら澪は絶対怒って私に拳骨の一つや二つを落とすだろうから、覚悟しなくてはならないし。

私は目を開き、右手をかばいつつちょっと体を起こしてベッドの上から澪を見てみる。
豆電球の淡い光が照らす部屋の中でぼんやりと見える、穏やかな表情で眠る澪をしばらく見ていると、大学に入学してからこれまでの私の行動全てがひどく空しいものに感じてくる。
同時に湧いてくる短い付き合いだった彼への申し訳なさ。

…人の気持ちはクーリングオフみたいにはいかない。
そんなこと、誰よりもわかってたはずなのに、私は。

眠る澪から目を離し、私はまた体をベットに沈めて目を閉じる。
左手で目を覆い僅かな光を遮り完全な暗闇の中で、なぜかこみ上げてくる涙を私は必死になって堪えた。

end

やっぱり終わらなかった。でも大体目処はついてきました。
もうちょい続きますので短編のカテゴリ分けましたー。
良ければもう少しお付き合い願います。

短編「クーリングオフ」を読んで頂きありがとうございました。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

短編 「わからないよ」

Category : SS短編連作(桜シリーズ )
短編です。桜がテーマのシリーズ物。
「クーリングオフ」の続きのお話。
読んでやるぜーという方は下記よりどうぞ。

わからないよ


唯に体調が悪いと嘘をついて大学を出た後、家に帰り着くまでの記憶が私の頭からすっぽりと抜けていた。多分習慣でいつもの電車に乗って、いつもと同じ駅で電車を二度乗り変え、いつもの道を歩いて家に着いた。着いていた、と言った方が正しいかもしれない。
まだ時間が早かったからか家には誰も居なかった。ママもどこかへ出掛けているようだった。

しかしそれに気づいたのは後のことで、その時の私は家の中に人が居ないことなどどうでもよくて、ただただ無意識に何かから逃げるように自分の部屋に急いで入った。
部屋に入って鞄を放り投げると、そこで力尽きたようにドアに少し体を委ね、そのまま足元から崩れるように床に座り込んだ。座ると同時に私の膝に涙が零れ落ちてきて、ジーンズに小さな染みが出来ていくのを、最初私はぼんやりと見ていた。
しかし次第にどんどん溢れ出てくる涙をすくうために両手で目を覆ったけれど、圧倒的な水量の前に私の両手はちっとも防波堤の役目を果たしてくれなかった。

声をあげ散々に泣いたあと、ようやく涙が止まった私の目にテーブルの上に無造作に置いてあったパンフレットが先程まで流していた涙のせいでぼんやりと映った。
その時の私は体を動かすのは死ぬ程億劫な気持ちだったけれど、なぜか少しだけ体を起こしノロノロとした動きでパンフレットを手に取ってみる。
そこには遠い国の、一度も行った事のない大学のキャンパス風景。
しゃくり上げる自分の声をどこか他人事のような気分で耳にしながら、私はしばらくそれから目が離せなかった・・・。

「律。ほら、律、起きろよ」
「う…、うーん」
「ほら、早くしないと一限目に間に合わないぞ」
寝起きの悪さはちっとも変わってないなあ、と私は内心ちょっと呆れる。
「ふぁあ。…おはよー、澪」
まだちょっと眠そうな顔をしながらもなんとか起きてきた律に顔を洗うように指示しながら、私は朝食作りを続けた。
「いただきまーす」
「はい、どうぞ」
律は慣れない左手でトーストを食べている。さすがに一ヶ月もこの状態が続いたのからか、だいぶ左手で食べるのがうまくなっていた。
「澪しゃん、あーん」
それでも右手にギブス、左手にトーストを持っている律としては同時に目玉焼きとサラダを取ることができない。なので親鳥から餌をもらう雛のごとく私に甘えたように口を開けてみせる。
「やれやれ、ほれ」
私もすっかり慣れてしまい、少しも躊躇せずに律の口に一口サイズに切った目玉焼きを放り込む。少しだけ口をモグモグさせた律はすぐにまた「あーん」と口を開いた。次はサラダと言う訳だ。
「おい、ちゃんと噛んで食べないと駄目だぞ」
「噛んだよー、いいから早くサラダくれよー」
本当か、と私はそう思いつつもサラダをフォークで食べやすいサイズに取って律の口に入れた。
「モグモグおいしーモグぞ!、モグ澪ー!」
律が食べながら満足そうな顔してそう言った。
「口に物入れて喋るな、行儀悪い」
口ではそう言って怒ったものの、おいしいと言ってくれるのは作った方としてはやっぱり嬉しい。
澪、料理うまくなったよなーと昨日の夕食のときも律はそう言っていた。昔から料理は律の方が上手だったので、彼女にそう言ってもらえるのは悪い気分ではない。
朝食後、律の着替えを手伝いながら私も出掛ける準備をする。
今日は私も律も講義は午前中だった。午後は律は病院に行く。午後にさして何の予定は入ってない私は、律と一緒に病院の付き添いをする約束をしていた。
今日は律の右手に巻いた白いギブスがようやく取れる日だった。

「悪いなー、付き合わせて」
「まあ、いいよ。それに律の事だからな。ギブスはずした途端はしゃいでこけて今度は足にギブス巻く…なんて事がないとも限らないからな」
「なんだよー。さすがにそれはないって。大学生にもなってそんな事するかよー」
律はそう言って不服そうな顔をするけれど。大学生にもなって階段から転がり落ちて、利き手を骨折し一ヶ月間ギブス生活を送る羽目になったのはどこのどいつだ。
「どうだか。とにかくもう出ないと時間に遅れる。ほら、上着を着て」
私は律のセーターの襟を少し直しダウンジャッケットを羽織らせ、首にマフラーを巻いてやった。
「良し、忘れ物ないか」
「ああ、多分…」
左の肩に鞄をかけた律は、ちょっと鞄の中身を確認しつつ曖昧な感じで答えた。まあ、律の鞄の中身は昨日私も確認してるから大丈夫だと思うけど。
準備が整った私たちは二人して玄関を出てマンションの通路に出た。通路に出た途端冷たい風が私たちの体を震わせた。空はどんよりとした曇り空で、天気予報では今日の夜は雪が降るかもしれないと言ったいたのを思いだす。
私は首に巻いているマフラーを少し上げて口元を覆った。
律の住むマンションは三階建ての学生専用マンション。律の部屋は二階の角部屋。
部屋を出たちょっと先に一階に下りる階段があった。
「ほら、気をつけろよ」
「だーじょうぶだって、澪しゃん」
ヘラヘラと笑ってそう言う律の言葉を無視して、私は彼女の手を握りながら気をつけて階段を降りた。もう二度、律がこの階段から落ちて怪我をしないように気をつけながら…。

律に彼氏が出来たと聞いてから、私は律に会うのを以前にも増して避けるようになった。
幸いと言うべきか学部の違う律と同じ講義は取っていなかったし、HTTの活動も少し前から皆バイトや講義で忙しく、梓の受験が終わるまで待つという意味もあって今はほとんど休止状態になっていた。大学構内でうっかり偶然にでも会わない限り、律の顔を見ずに済んだ。
しかしどれだけ彼女に会うのを避けることはできても、人の噂を止めることはできない。
私は唯やムギ、他の子から律の話を聞くたびに曖昧に頷きながらも、心はどこか遠くへ飛ばしているような気がしていた。

「…でもね、律ちゃん、あんまり彼のこと教えてくれないのよ」
「へ、へえ」
帰り道で偶然一緒になったムギと大学から一番近い駅に向かう間、話の中で律の話題が出てきた。
「一つ上でR大の学生さんだって。コンパで知り合った言ってたけど、それ以上のことはあんまり教えてくれないの」
「そうなんだ…」
「前に合コンやコンパの話はなんでも話してくれたけど、いざ彼氏が出来たら律ちゃん恥ずかしくて話せないのかしらね」
可愛いわね、律ちゃん。
ムギが穏やかな笑顔でそう言っているのを、私はどこかぼやけた頭で聞いていた。まるで脳が無意識にムギの言葉をシャットダウンしているような気分だった。
「恥ずかしがってる律ちゃんにあんまり聞いたら悪いなって思って私はそんなに聞いてないんだけど…」
唯ちゃんは興味津々って感じね。
ムギの言葉に前に唯に聞いた話を思い出す。

- 前からりっちゃん、何度か告白はされてたんだけどいつも断ってばっかりだったんだって。
- そのりっちゃんを落としちゃった人がとうとう現れたんだねー。おめでたいねえ。

コンパなんてつまらないとムギに愚痴を零し、何人かに告白されてもずっと断っていた律。
その律に交際OKさせた相手。でもその相手のことをムギや唯にもあまり話さない律。
「今度紹介してもらおー、て言ってたし」
「はは、唯らしい。…あ、そうだ。ムギ」
「そうなの、唯ちゃんらし…え、何、澪ちゃん?」
それ以上私はこの話題を続けるのが嫌で、咄嗟に前からムギに聞いてみようと思っていたことを口に出した。
「うん、あの、前に喫茶店で話してたさ…」
ムギと話をしながら、私は部屋で泣きはらしたあの日からずっと鞄に入れて持ち歩いているパンフレットの存在を思い出していた。

待合室でしばらく雑誌を読みながら時間を潰していると、律が手を振って私の処へ来た。
大げさに振っている手は左手じゃない、ついさっきまで白いギブスで固められていた右手だった。
「いやー、やっと解放されたって感じだよー」
律は嬉しそうにブンブンと右手を振り回した。
「おい、治ったばっかりなんだから、そう手を振り回すなよ」
予想通り律は嬉しさで無駄に動き回り、手を振り回すので私はそれを押さえつけた。
「へへへ。わーてるって」
「まったく」
私が少し怒ったような顔をしても律は気にしていないのか、ようやくギチギチに固められて不自由だった右手を解放されて清々とした感じだった。

せっかく稼いだバイト代が治療費に飛んでいったことに律は多少涙目になりながらも、診療代を精算すると私たちは二人して病院を出た。
「やっと復活したー、感じ」
「これからはちょっと気をつけろよ」
「わかっております。いやー、澪にはすっごいお世話になっちゃって…」
「本当だな。これは大きな借りだぞ、律」
もちろん冗談つもりだけど。私はちょっとおどけた感じでそう言った。
「へいへい。とりあえずその借りをちょっとは返すべく、どっかで晩御飯食べてこーぜー、おごるから」
「夕食はともかく。…別に奢ってくれなくてもいいよ」
さっき病院で泣く泣く診療代を払っていた律を見ていた私としては、さすがにそれは受け取れない。
「大丈夫だよ、それくらいさー。てかもう今更ちょっとの出費を惜しんでも意味ないしー」
また明日からばりばりバイトでもして稼くぜい!
律は治ったばかりの右手を空高く突き上げそう宣言した。
「ま、あんまり無理するなよ。まだ治ったばかりなんだから」
「おう」

結局私は律に病院近くのファミリーレストランでカレーライスを奢ってもらった。ちなみに律は和風ハンバーグセット。
「え?あ、み、澪。…自分でやるよ」
「え?あ、そ、そうか…」
律の目の前にハンバーグセットが置かれたとき、私はついこの一ヶ月間の習性が出て、無意識にナイフとフォークを取りハンバーグを一口サイズに切ってあげようとして律に止められた。
そうだった、もう律の手は治っていたんだ。
前のようにギブスをしている律だったら、周囲は怪我をしてるから手伝ってあげているんだなと理解してくれるだろうけど。
包帯も何も巻いていない至って健康そうな律を無視して世話焼き女房みたいに彼女のハンバーグを切ろうとした私を周囲はどういう目で見るだろうか。
私はそんな自分の行動にものすごく恥ずかしくなり顔を俯かせる。
「い、いや、ありがとう。うん、もう大丈夫だしー」
ちょっと笑いながらそう言った律も少し照れているようだった。
誤魔化すように少し笑ってから、律はナイフでハンバーグを切るとそれをフォークで差して口に持っていき美味しそうに食べ始めた。
「ほら、澪も食べろよー」
恥ずかしさで顔を俯かせていた私に、律に「ほらほらー」と小さな籠に入っていたスプーンを渡してくれた。
「ああ、うん…」
私は気を取り直してカレーライスを食べ始めた。
食事を取りながら美味しそうに両手を使ってハンバーグを食べる律を時折見ながら「そうだ、もう律の手は治ったんだ」と改めて理解した。
…もう、律の世話する理由もなくなったんだ。

この一ヶ月、ほとんど一緒に住んでますと言っていいくらいずっと律の家に居た私は、彼女のマンションに置いてある知らず知らずにどんどん増えた自分の荷物をぼんやりと思い出した。
学生専用の1DKマンションに二人分の生活道具は結構スペースを取る。律の部屋は私の荷物で少し狭くなってきていた。
「律」
「ん?」
「悪いけど荷物さ、いっぺんには持って帰れないからしばらく置いておいて欲しいんだけど」
私は律にそう言いながら、さてどれから持って帰ろうかと悩んでいた。とにかく服が先かな、あと…。
「…澪」
「何回に小分けにして持っていかないと、…ん、何?」
頭の中で荷物の整理をどうしようか考えていると、律は両手に持っていたナイフとフォークを置いてじっと私を見ていた。
「あ、あのさ…」
「ん?」
律はすでにハンバーグは食べ終えていて、後はサラダと添え物のポテトが残っているくらい。
「いや、その。…み、澪しゃんが良ければさー。あの、もうちょっとうちに泊まって私の世話をしてくれない?」
「え?」
「いや、ち、違う!そうじゃなくて。…その世話なんて別にしてくれなくていいんだ、うん、もう全然」
「…何、言ってんだ、律?」
世話しなくていいなら私は帰っていいんじゃないのか?
そうだ。もう私が律に家に居る理由なんかない。

「だから、その…」
律は一旦皿の上に置いたフォークをまた手に取って、少し残っていたポテトをぐじぐじと押して潰している。…なにしてんだ、律?
「その、澪も大学から二時間もかかる家からより私の家からの方が楽だったろ、通学」
「え?ああ、まあそうだな」
確かにそうだった。
一日往復約五時間も通学に割いていた時間をが無くなったのは本当に楽だった。
「だろー!だからさあ。その、このまま、うちの家に居てもいいと思わないか?」
「…」
「あ、それに今まで澪しゃんにはずーとお世話になりっぱなしだったから。これからは私がしばらく澪のお世話しちゃうぞー」
美味しい料理だって作るしー、洗濯とかー。あ、レポートも手伝うよ!…手伝える範囲で。
律はなんだか少し必死な様子だった。私を自分のマンションから出ていかないように、引き止める為に律は必死なんだろうか。…なぜ?
「だから、澪はしばらく王様気分で私のお世話を受けることが出来るぞー」
ねえ、なぜ、律?
「どうよ、澪」
律は彼氏が欲しいだろう、恋人が。
その為に大学に入ってからずっと合コンやコンパに出て出会いを期待してんだろう。そして…。
「…澪?」
さっきまで饒舌に話していた律が私の反応がないのに気づいて、少し不思議そうにこちらを見ている。

私はずっと律になるべく会わないようにしていた。
それは大学に入った直後からそうだったけれど、律に彼氏が出来たと聞いてからそれはもっとひどくなった。例え唯やムギ、大学の数少ない友人たちから律のコンパに行った話やまして彼氏の事を聞くのにはなんとか耐えれても、律本人から聞くのは嫌だった。それだけは嫌だった。
だから逃げた。
だけどずっと逃げていてもどうしても私の耳にどこかしらか彼女の噂が入ってくる。だから今度はもっと遠くに逃げようかと考えていたくらいだ。
なのに今こうして律の目の前に座って一緒に食事を取っているのは、ムギから律が怪我をして病院に運ばれたと携帯に連絡があったから。

ずっと逃げていた私の心はムギの電話の取ってからあっさり180度方向転換した。
慌てて病院に行くと受付の人から「田井中さんならもう帰りましたよ」と聞かされた。
看護婦さんから詳しく聞いてみると右手を骨折してギブスで固定したので、今日はもう帰ってもらったとのことだった。
病院に運ばれたこと以外聞いていなかった私は、ひどい事故にでもあったのではないかと心配して気が気ではなかったので、右手の骨折と聞いて少しホッとした。
しかしホッとしたといっても、やっぱり怪我は怪我なので私は今度は病院から慌てて律のマンションへと向かった。
「はぁ~い、…て澪!?」
逸る気持ちで彼女の部屋のチャイムを鳴らすと、すぐに律が出てきた。
律とは本当に久しぶりに会ったような気がした。
実際三ヶ月程顔どころかメールの交換すらしていなかったから、いきなり部屋にやってきた私を見て律が驚くのも無理はなかった。
右手に痛々しいギブスをはめながらも、思った以上に元気そうな律に私は内心で心から安堵のため息を吐いた。安心したせいか目には涙が溢れてくると同時に、わけのわからない怒りが猛然と私の胸を襲った。
「あ、大丈夫…」
「このバカー!!」
泣きそうになった私に律は慌てて心配ないよ、という意味で上げかけた左手を無視して、私は彼女の頭に鉄拳を叩き込んだのが約一ヶ月前…。

「なあ、澪?」
過去の思いに少し気を取られていた私は、律の呼び声にハッとして視線を目の前に向ける。
そこには少し不思議そうな顔をしている律。
そうだった、話の途中だというのに私は何をぼうっとしていたのだろう…。
「あ、いや、…そういう訳にはいかないよ」
「え、な、なんで…?」
私の答えを聞いてすぐに律はひどく落胆した表情を浮かべた。
「…なんでだよ。澪は、私と一緒に居るの嫌なのか?」
律は顔を俯かせ、静かな声でそう聞いてきた。
「そんな訳ないだろ」
そんな訳ない。でも、今はそんな訳もなくもない。律と一緒に居たい、でも居たくない…。
「じゃあ、なんでだよ…」
律の顔がどこか険しくなっていく。
「そうだよ、なんでだよ。…大学入ってから澪はなんかずっと私を避けてる」
「律…」
「遊びにきなよって何度誘ってもこなかったのに。私が怪我したらすぐに私の部屋に来てそのままずっと世話してくれて」
「…」
「それで怪我が治って私がまた、…今度は遊びの誘いじゃないけど家に居てよって言っても断るんだ」
「律、それは」
「わけわかんないよ…」
律はずっと顔を俯かせ、視線は下に向けて私の方を見ようとしなかった。
私はなんと言っていいかわからず、二人の間にしばらく沈黙が続いた。気まずい沈黙が続く中、フイに律が伝票を持って立ち上がった。
「帰ろう、澪」
「…り、律」
律は無言で鞄を持ってレジの方へ歩き出したので、仕方なく私も慌てて彼女の後を追った。

帰りのバスの中でも、バスから降りても律は無言だった。
私はそんな律の少し後ろをついて歩いていた。彼女の背中を見ながら私はさっきファミレスで言った律の言葉を思い出していた。

- わけわかんないよ…。

そうだね、律。律にはわからないよね。
どうして私が律と一緒に居れないかなんて、ね。

この一ヶ月間私はとても幸せだった、楽しかった。
利き手である右手を使えない律の不自由な生活を支えるサポートする生活。
ご飯作ってそれを律に食べさせてあげたり、洗濯したり、大学のレポート作成を手伝ったり。
それだけじゃない。暇潰しに一緒にDVD観たり、好きなバンドの音楽を聞いてのんびりしたり、たわいもない話で夜更かししたりって。
高校時代の頃に戻ったみたいにただ一緒に居るだけで、楽しくて心落ち着く日々。

「澪」
マンションの階段を上る途中、ファミレスを出てからここまでずっと無言だった律が突然私の名前を呼んだ。
「ん?」
「今日はもう泊まっていきなよ」
階段の上から律は私を見下ろしてそう言った。
「そうだな、今日はそうさせてもらおうかな」
律より少し背の高い私が彼女を見上げて話をするのはなんだか新鮮だな、なんて私はその時まったく関係ないことを考えながらもそう答えた。
どちらにしろ荷物を持ち帰るのには何回かまたこのマンションに来なくてはならない。
「それから」
「ん、何?」
「さっきの件、もう一度考えてよ」
「…もうしばらく私がここに居るってこと?」
そう、と律は簡潔に答えた。その顔はちょっと強張っていた。
ねえ、律。やっぱり律はわかってないよ。
「それは無理だよ、律」
「…どうして?」
階段の上から律は私をじっと見つめてくる。私はそんな彼女から目を逸らした。
「律、私…留学しようと思ってるんだ」
「…………え?」
「ムギも。…一年くらい」
来月早々にはもうその準備に入っておかないといけない。
「だから、無理、なんだ」
無理なんだ、律。もう一緒に居るのは。
律は何も言わず階段の上で呆然と立ちすくんでいた。そんな律の様子を見ていると、彼女は私が留学するなんて思いもしなかったんだろうということがよくわかる。
無理もない。人一番怖がりで恥ずかしがり屋の私が、見知らぬ外国に留学するなんて。律には想像もできなかっただろうと思う。…私自身ですら思ってもみなかったことだから。

律と一ヶ月一緒に住んでいる間私は幸せだった。でも同じくらい怖かった、切なかった。
怪我をした律を放っておくことはどうしてもできなかったけれど、その律から数ヶ月とは言え付き合っていた彼氏の話を聞くのは嫌だった。絶対に嫌だった。
だから一緒に居る間私から律にどうして怪我をしたのかと問い詰めたことはないし、彼氏がどんな人だったかも一切聞かなかった。
律も自分の不注意で階段から落ちたとしか言わなかっし、その人の話をまったくしてこなかった。律がなぜまったく話してこないのか少し不思議な気持ちもあったが、どちらにしろ私は聞く気はなかったのでそれは有難かった。

大学で律の怪我は彼氏との別れ話のせいだと噂が流れたとき。
律が数ヶ月で早くも彼氏と別れたことに私はムギや唯には残念そうな顔を見せながら、本当は内心ホッとして…そして喜んででいた。そう嬉しかったのだ。
それどころか律の怪我は罰なんだとすら思った。こんなに私を傷つけた天罰だって。
そう思って私は少し笑いそうになるのを堪えたくらいだ。

律の部屋に泊まりこんで彼女の世話をするようになって。
口では「怪我が治るまでな」と言いながらも、怪我は順調に治っていると律から聞くたびに。
夜中にふと目が覚め、そのまま寝付けずベッドで眠る律の顔を見ながらなんとか彼女の腕の怪我の治りを悪くすることはできないかと真剣に考えたものだ。
今なら世話する中で何らかの事故のフリして、律の骨折をちょっと悪化させることが出来るのではないだろうか、…とすら私は思った。
…何もかもが醜い、嫌な感情だと私は誰よりも理解していたけれど。
そう思わずに居られなかった。

だからね、律。だからもう無理なんだよ。
律は彼氏が欲しいんだろう。大学に入ってからずっと合コンやコンパに参加して頑張っていたじゃないか。そうだろう?
私が律の部屋にずっと居る間にも、また合コンやコンパに参加するんだろう?

マンションの階段の途中で立ち止って私はじっと律を見ていた。
「わからないよ…」
律はファミレスで言った言葉をもう一度口に出した。
その顔は本当にわからないといった感じだった。

今は二月の終わり。あと一月もすればまた桜が咲き出す季節だ。
でも今年はあのお気に入りの桜並木の道はいけないな、と私は思っていた。
…でも、もうかまわない。
律と二人で行けないなら…もういいや。魔法はもう効かないのだから。

冷たい風が私達の横を過ぎる中、私はなぜかそんな事を考えていた。

end

澪ちゃんがちょっぴり病んできました。律ちゃんは完全に困惑しております。
短編「わからないよ」を読んで頂きありがとうございました。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

書き人知らず知らず

Author:書き人知らず知らず
ようこそお越しいただきました。
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ジャンルは『けいおん!』律澪
律澪はジャスティス。
いい言葉ですね。

百合的要素を含みますので嫌いな方や都合の悪い方は見ないことをお勧めします。

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